マイル換算率

むすひ

08« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»10

昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

プチ日記(^^♪ 

Posted on  2017/08/07 Mon. 11:15   
皆さまお元気ですか~?
台風が近づいてきてますね。皆さまがお住まいの地は大丈夫でしょうか?
愛知県岡崎市は今朝から雨が降り始めました。風さんと雨さんの浄化力に感謝し、被害無く無事に通り過ぎる事をお祈りしています。

さて
現在ブログでは日々の出来事や感じたことなどをほとんど書いていないのですが、もっといっぱい書いてくださ~~~い!とのお言葉をよくいただきます。プチ日記?を楽しみにして下さりありがとうございます。以前のブログやミクシィをやっていた時は結構まめに書いていたのですが、Facebookもほとんど開かない状態で、「あけましておめでとうございます」の1月1日から止まっています(笑)
日々感じる事や学ぶ事は多々ありますので、真面目な話、ど~でもいいような話など(*^^)vを織り交ぜながら、また書いてみようかと思います♪

今現在の動きとしては、週末は毎週セミナー、週の真ん中の1、2回は、一人でまたは日本のどこかからいらっしゃったどなたかと一緒に市内・市外・県外のどこかで祈っているかお話したりする日々が続いています。ちなみに、昨日は茨城県から長年の神事仲間が来ていたので、朝から海につかり禊をしながらお祈り、その後は岡崎市にある天河弁財天の摂社である鏡山弁財天でお祈り、三六殿でもお祈り、新しい出会いもありとっても充実した楽しいひと時を過ごしました。朝日と共に海水に浸かるのはと~~~っても気持ちいいから超おススメです♪自分も浄化されるし、いい祈りができます。




では、プチ日記。まずは 家族の話から(*^-^*)

真ん中の娘が東京に引っ越す事になりました~(^^♪東京の神々や人々にお世話になります。どうぞよろしくお願い致します。たまたま御縁いただいた方からたまたまいただいたお仕事場は神田明神様のお近くであり氏神さまになります。神田明神様は、私も大変お世話になっていて何度も足を運んでいる神社です。今回の流れは間違いなく神田明神様のお導きです。たまたまなんていう偶然はやっぱり無いですね。ありがたいことに、仕事の関係から、アパートは仲介手数料一切無しで決定。しかも引っ越しするにあたっての必要なものを、友人がたまたま別の友人から全ていただき倉庫に納めてあるので、全て無料でいただける流れに。しかもその方のご厚意で、東京までその方が車で運んでくれるそうなのです。足りないものを何点か少し買い出しにいったのですが、レジに打ち出されたそのお値段 11111円でした。スタートに相応しい数字ですよね(^^)/うふふって親子で微笑んでました。


あっ 一番上の娘は今北海道にいます。お仕事の関係で一年間出張で来年5月ぐらいにはTOYOTA本社に帰ってくるのですが、北海道だからこそ学べることがきっとあるはずだ・・・と親子でワクワクしながら飛行機で飛んでいきました。たったの一年だから、盆休みは帰って来なくて良し! 北海道で学ぶだけ学び、北海道の全てを満喫しなさい! と伝えたら。「は~~~~い(^^♪めいっぱい学び楽しみま~すってお返事きました。現在北海道を思いっきり満喫中。これからも北海道の神々と人々にお世話になります。本当にありがとうございます。


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三輪参拝セミナー 平成29年9月18日(月)  (奈良県) 

Posted on  2017/07/18 Tue. 11:51   
日時  平成29年9月18日(月) 9時00分~17時頃

場所 大神神社 (おおみわじんじゃ) 奈良県桜井市三輪

集合 9:00   二の鳥居(←クリック)

交通アクセス(←クリック)


コース  
祓戸社➡本殿➡巳の神杉➡神宝社➡天皇社➡日向神社➡大行事社➡春日社➡素佐之男神社➡若宮社➡狭井神社➡貴船神社➡龍神社➡ランチ 三輪そうめん(^^)/➡ここから先は車で移動します➡檜原神社➡室生龍穴神社➡龍穴神社奥宮➡龍鎮神社





参加費  6000円 *当日にお持ちください。(三輪の地 2回目以降の参加者様は、1000円。)


定員 4名(定員に達しましたので締め切らせていただきます。ありがとうございます。)



コースについては、参加者により、流れにより、神の導きにより変更になる可能性があります。


◎参拝セミナー内容
大神神社を詣でながら、セミナーを行います。
日ノ本の歴史 ・ 参拝の仕方 ・  神々から伝えられている事や学ばせていただいたこと ・ 人としての在り方 ・ この地の神様や龍神様や地域の方々が関係し合い、現実世界で今現在起こっている事など、その場に御案内しながらお伝えしたいと思っています。
平成28年3月に事が起こり (事は数十年前から起こっているのですが、私が知らされたのがこの時) 数カ月に渡り何度もこの地に足を運ぶことになり、調査・奈良県の神職の方々や地域住民との話し合いに入らせていただきながら立て直しをさせていただいています。たくさんの方のお力が必要なのですが、たくさんの方々が関係していて事情が複雑で、ブログに載せるとご迷惑をおかけする可能性があるので、御縁ある方々に直接お伝えしたいと思います。


皆さまからいただいた参加費や御寄付の一部を、7月に行われた龍神社祭事の祝詞代・玉串料・お供え物代として、6月25日に代表である区長様に届けさせていただきました。皆さまの想い・行動・祈りなどを区長様にしっかりとお伝えしました。皆さまの応援のお蔭で確実により良き方向へと事が動いています。
本当にありがとうございます!
大神神社の総務部長様や関係者である他の地域の宮司様たちとも連絡や話し合いをしながら、関係者が和の力で事を進めています。まだまだ時間がかかりますが、私も全力を尽くします。どうか今後もお力を貸していただけますようお願い致します。


※ランチは美味しい三輪そうめん・にゅうめんのお店に行きましょう♪


※この日は、三輪山登山はいたしませんが、あちこち歩くので歩きやすい靴でお願いします。

※集合時刻に間に合わない方は遅れてのご参加可能。早いお帰りの方のご参加も可能です。

※参加者様の希望により、神の導きによりコース変更したり行く地が増えたりする場合があります。

※雨天の場合は、雨具をご用意ください。

※お申込みされてその後キャンセルする場合、お手数ですが必ずご連絡下さい。

※セミナー終了は17時ぐらいを予定しています。現地解散御希望の方は最寄り駅の室生口大野駅までお送り致します。

東日本から参加される方で、愛知県のみゆき宅で一泊してから一緒に現地に向かいたいという方、セミナー終了後も宿泊し翌日帰宅御希望という方は、どうぞお泊り下さい。(申し込み時、その旨お知らせください。宿泊費不要。最寄り駅への送迎致します。)





お申し込み powerful_tremblay☆yahoo.co.jp  トランブレーみゆき (☆を@に変えてください)





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江ノ島参拝セミナー 平成29年9月10日(日)    (神奈川県) 

Posted on  2017/07/18 Tue. 11:50   
日時   平成29年9月10日(日)  




集合地 ・集合時間    トランブレーみゆき宅 午前3時半集合(みゆき宅に前泊も可)または現地集合も可ですが、その場合、江ノ島内 聖天島公園に9時集合となります。


江ノ島の地図




参拝ルート 

事任八幡宮(遠江国一之宮)➡江ノ島➡ランチ➡瀧口明神社➡寒川神社  正式参拝➡御本殿の奥に位置する 『神嶽山神苑』と方徳資料館➡茶屋『和楽亭』で庭園の全景を眺めながらお抹茶と和菓子をいただきます➡宮山神社


寒川神社⇦クリック




定員 4名(定員に達しましたので締め切らせていただきます。ありがとうございます。)





参加費  15000円







※寒川神社での正式参拝の御祈祷料5000円と茶屋『和楽亭』での拝服料1000円は参加費に含まれます。


※今回は、寒川神社御本殿の奥への導きがありましたので、正式参拝とさせていただきます。(御本殿奥は正式参拝された方のみ入ることを許可されます。)失礼のない服装でお願い致します。



※集合地と解散希望地をお申込み時にお知らせください



※終了後寒川駅で解散御希望の方は、駅まで送らせていただきます。






日ノ本の国発祥の元理

宗像(もとすがた)三女神とは

①息津(おきつ)  息津比咩神(おきつひめがみ)・・・日輪太陽(生命原子)

②湍津(たぎつ)  湍津比咩神(たぎつひめがみ)・・・宇宙産迂迦御魂(霊命遺伝子)

③邊津(へつ)   邊津比咩神(へつひめがみ)・・・産土の聖地 地球(生命遺伝子)

これらの三津の御神理氣の宗像(もとすがた)を現わしましたが、御神霊が全て生産(うみ)の御神理氣であることから、御神霊を三女神とお呼びしているのです。



辨天(べんてん)さま

童女さま(伊邪那身さま)は琵琶湖に在ります竹生島(乳首島)に、方位と行く道先を見定めるためにお登りになりました。その時、、初潮をお迎えになり、女性として子供を生産(うむ)ことが出来る慎みの生身「辨天」の神体霊魂(たましい)となられました。唯一人だけ許すことの出来る男性と、我が子への真実潔白のため、疑わしき意志霊魂(こころたましい)を近づけず、避け退け生氣(いき)る「辨天」の生身・子生産(うみ)の霊魂(たましい)を嶋に囲い守り、嗣子孫々(ししそんそん)に至るまで生命界の弥栄(いやさか)を続けていました。それ以来「辨天さま」を嶋へお祀りして、その霊魂(たましい)をお伝え下さるとともに、嶋でなければ生命は成熟しないことをお示し下さいました。

こうした太古の神姿をそのまま遺せましたのも、嶋国であったからです。しかし、現在の日本は悲しいことに、このような嗜(たしな)みが崩れ、各家庭にこの精神が薄れつつあります事が、今問題になっております幼児虐待というような、あるまじき状況を生んでいるようです。そのために「初代」伊邪那身命さまが「辨天」として示し置かれました。

今、日本の人々は我が国が人祖の国である事が解らなくなり、嶋へお祀りされている「辨天さま」の真意も消えて、こうした神の御意志(みこころ)を受け継ぐ女性の霊魂(たましい)が少なくなったところから、日本列島の滅びが始まったようです。女性は子孫にいろいろな事を忠実に伝え遺していく役目があり、これらの役を「初代」伊邪那身命さまが担ってお出でになります。女性には「命(みこと)」という字を使っていますように、自らの生身を分けて命を継承していくのですが、この新たな生命(いのち)を生産(うみ)出す時、女性の霊魂(たましい)は純粋でなけらばならず、新しい生命をお宿し下さいました神と、夫への感謝と、子供を授かった喜びに溢れていてこそ、身を分けた新しい生命(いのち)が心身ともに健全であれるのでしょう。女性にこの精神がなくなる時、親子の信頼が崩れ断絶となっていくのでしょう。

「辨天」(女性として子供を生産(うむ)ことの出来る期間の身)の生身が、この事を確と心に留めておかねば、世が乱れて生命界の危機を招くことになると仰せです。  (by  加古藤市氏)




お申し込み   トランブレーみゆきまでお願いします。

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御縁ある参加者様とご一緒できることを、心から楽しみにしています(^^)/



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熱田神宮参拝セミナー 平成29年8月27日(日) (愛知県) 

Posted on  2017/07/07 Fri. 12:22   
日時       平成29年8月27日(日) 9:00~17:30

集合地と集合時間   熱田神宮  正門(南門)  9時





熱田神宮 名古屋市熱田区神宮一丁目一番一号  


境内案内




コース

熱田神宮➡御器所八幡宮(熱田神宮鬼門方位の守護社)➡大神神社(尾張国一宮)➡真清田神社➡酒見神社➡大縣神社


※午後のコースについては、参加者様により、流れにより、神の導きにより必要な地へ変更となる可能性があります。




太陽の「真光」と「丹」と「芒種のエネルギー」とが、日輪太陽津(かい)において亢進状態に入る神姿を「三宝荒神」と言いますが、仏教では「三大虚空蔵菩薩」としてお祀りし、またこの日輪太陽津での天照皇大御神のお活動氣(はたらき)を『熱田の大神』 と呼んでいます。そして、この御祭りを「生産祭(しょうぶまつり)」(生腑祭)と定め置かれました。『熱田の大神』とは『不動明王』の姿でもあります。不動明王が手に持つ剣は、不戦の誓いを表す「民草和氣(くさなぎのつるぎ)」です。『不動』とは、人間の如何なる知恵・力をもってしても、動かす事の出来ぬ天地の理、則ち不動なり。』




真清田神社と酒見神社➡逆見神社(天皇が流人となる逆さの身分)について

喪山で饒速日天皇が神倭伊波礼毘古尊(神武天皇)に無血の政権譲渡をされ、生きながらの喪人(もびと)の身を30数名の家臣と共にお住まいになられた、尾張中国(なかくに)=中島郡の神戸邑(かんべむら)にお越しになられ天皇家を代表され「饒速日天皇」へのお詫びの証のために、この地に天皇をお祀りする神社の建設を申し出られになれば、直ちに村民が挙って神社の建設にあたり「逆見(さかみ)神社」が出来上がりました。村人たちは勿論のこと近郷近在の人々と共に「饒速日天皇」を不遇の仁(ひと)<=蛭子ひるこ>と哀れみ見守っていた人々が夷(えびす)さまが帰ってお見えになったと喜び、夜を徹して踊り明かしたと伝えられています。今伊勢の「酒見神社」と呼ばれ今日に至っております。

政権譲渡され、今日から住む所の無いほどの逆見の世界に入られたお方が、侘び住まいをされながらも、伊勢の神三津の宇宙産(うちゅう)の神力氣「身生れの神」を敬って、そこから伊勢への遥拝門を造り伊勢の神をお祀りしていました。そしてアマテルカミ尊とハヤスサノオ尊が「御難賛助(ごんなんさんじょ)の御誓約(うけひ)」をされた「天王社」を祀り、さらに世襲最後の伊邪那岐尊と伊邪那身命・ハヤスサノオ尊御夫妻・アマテルカミ尊御夫妻のお墓のある熊野社(大斎原)をお祀りされ、ここから身生れの仕組みの永遠なる事を、逆見になってもお祀りされました。そして今も饒速日天皇の魂がこもっており、その面影を伝えているのです。この地を隠してしまうために、神武派が今の真清田神社に移させています。





参加費     5000円





定員  4名



※お昼は熱田神宮で(混雑し無理な場合は他のお食事処になります)美味しいきしめんでも食べましょう\(^o^)/


※解散は18時頃、最終地 大縣神社近くの駅になりますが、岡崎市へ帰宅途中の地で降車御希望の方はご相談ください。






    


\(^o^)/***\(^o^)/***\(^o^)/***\(^o^)/***\(^o^)/***\(^o^)/***\(^o^)/*




熱田の大神の導きにより、熱田神宮でセミナーをさせていただきます。神宮を詣でながら熱田の大神の真の意味・神仕組みなどを熱田の地でお伝えしたいと思います。

セミナーでは、過去で行ってきた神事や現在取り組んでいる神事について、また神々や人々や様々な事から学ばせていただいたことなどをお話ししたり、神の歴史について触れたり、人としての在り方、感情に振り回されることなく自分の軸をしっかりさせるには?、地場の調整の仕方などについてもお話したり、弥勒の世創りについて一緒に考える場としたいと考えています。

私が一方的にお話しするのではなく、皆様の質問・意見などを交えながら参加者様と共に会を進め、集った人全てがお互いに学び合い、楽しく有意義な会としたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。








お申し込み   トランブレーみゆきまでお願いします。

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元伊勢参拝セミナー 平成29年8月20日(日) (京都・福井・滋賀) 

Posted on  2017/07/07 Fri. 10:52   
日時   平成29年8月20日(日)  



集合地 ・集合時間    トランブレーみゆき宅 午前2時半集合(みゆき宅に前泊も可)。 または、福井県敦賀IC降りますのでその近辺のホテルであればピックアップ可能です。




参拝ルート 

①伊吹山麓 泉神社➡②氣比神宮(越前国一之宮)➡③若狭姫神社➡④若狭彦神社➡⑤神宮寺  内陣に入らせていただき住職様からお話しをいただきます➡鵜の瀬河原・白石神社➡天橋立あたりでランチ➡⑥籠神社 (神倭伊波礼毘古尊(神武派)の手に依り、「天記津州」 (あきつしま )のもっとも重要な貴天原真名井原の元伊勢が取り壊されるのを避ける為に、天照派自らが、神武派が認め気に入る神をお祀りする神社を造営されたのが、籠神社です。)➡ ⑦真名井神社(人類の大祖人「初代」伊邪那岐尊様と伊邪那身命様が御降臨 御降誕なさった地.。アマテルカミ尊が「天照皇大御神(アマテラススメラオオミカミ)」をお祀りし、「初代」伊邪那岐尊様と伊邪那身命様を八和幡之大神に合祀し、十種神鳳(とくさしんぽう)「伊勢生成(いせいいなり)の神」としてお祀りされた地です。)➡⑧成相寺(日本三景天橋立を眼下に望む景勝地にあります)➡⑨比沼麻奈為(ひぬまない)神社>「動津」 (どうかい)を司る動物の元生産親(もとうみおや)の「皇親(すめらかむつ)」神漏身六根神が御降誕になった地)➡⑩藤社(ふじこそ)神社「静津」(せいかい)を司る植物の元生産親「皇親」神漏樹六根神(かむろぎろくねのかみ)が御降誕になった地






定員 4名 (定員に達しましたので締め切らせていただきます。ありがとうございます。)



参加費  15000円



※神宮寺での拝観料400円と成相寺入山料500円は参加費に含まれます。

※解散は京都駅 19時半ぐらいの予定ですが、愛知県への帰宅途中で降車御希望の方はご相談下さい。御希望により、滋賀県経由(名神)または三重県経由(新名神)または福井経由(北陸道)に致します。愛知県のみゆき宅まで一緒にということであればみゆき宅で解散、みゆき宅に一泊してから翌日帰宅御希望の方はどうぞお泊り下さい(宿泊費不要)。翌日御希望の時間に駅までお送り致します。

※集合地と解散希望地をお申込み時にお知らせください。





今日は七夕ですね。
彦星と織姫とが、年に一度会うという伝説に基づき、七月七日に行われています。七夕伝説は、ニギハヤヒ様とセオリツヒメ様の再会ということでもありますが、もっとさかのぼって、イザナギ様とイザナミ様が大基です。大丹生童子・童女様の再会です。童女様が修行の途中で、麻生田(おおだ)の地にて麻木草の繊維で麻布を編まれて、衣服の元をお作りになられたことから、織姫として伝承されてきました。重要文化財に指定を受けておられる「三木家」は、十七世紀頃の茅葺の民家で、上古以来歴代の践祚(せんそ)大嘗祭に、御衣御殿人(みぞみあらかんど)として麁服(あらたえ)を貢進しておみえであると伝えられる通り、元をたどると、人祖「初代」伊邪那身命が麻生田の地で機織りをなさり、結婚式に麻衣をお召しになられた、それが現在の天皇家へと伝承されました。

福井県の若狭の地で別れを告げ、離れ離れになったイザナギ様とイザナミ様が再会なされた地が、「天津神力氣」と「国津神力氣」とが交わりあう「神祇の地」の「弥丹庭(やにわ)=現在の伊勢 月夜見宮」 であり、 七夕の月の宵。





現在の京都府与謝郡峰山町から元伊勢・天ノ橋立・大丹生・舞鶴・若狭に通じる地域の「天記津州(あきつしま)」(神が定め置かれた生命の免疫所)に、御降臨・御降誕になりました人祖「初代」伊邪那岐尊様の血脈系譜の大丹生家(天皇家)は、日本だけに継承されてきました。生命の元である「丹(に)」の故郷(ふるさと)が「太陽」であり、その生命遺伝子の故郷が、この日本の與謝津(よさかい)「天記津州」の真名井原の丹庭(たにわ)であることから「日出ずる丹ノ本(にのもと)」 日ノ本となりました。






お申し込み   トランブレーみゆきまでお願いします。

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御縁ある参加者様とご一緒できることを、心から楽しみにしています(^^)/



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諏訪について 

Posted on  2017/06/14 Wed. 19:33   
諏訪についての質問をたまにいただきます。以前載せたことと一部重複しますし、諏訪信仰・神事についてのほんの一部ではありますが、もう少し詳しいことを載せたいと思います。



諏訪についてとても詳しい田中基(もとい)氏が以前諏訪を案内してくださった時教えてくださったことや、諏訪市博物館研究紀要・シンポジウム(1993年3月)での田中氏の資料から抜粋させていただいたものです。



下社と上社の祭りの場の機能
 

 現在、諏訪の御柱祭の真っ最中でして、ちょうどこの山出しと里曳きの間の時間に、御柱ってどんな発想でもって始まった祭だろうと考えてみるのもいいんじゃないかと思います。 しかし、その本来の世界像というものは文献を探してみてもどうも判ってこない。 そこで諏訪大社の古い祭り場のあり方や、神を発動するやり方などから、御柱の神観念を導きだせたら、と思い試みることにします。




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これは、下社秋宮と春宮の図ですが、奥に、イチイの木や杉の神木があって、その前に宝殿がありますね。立春の日、旧1月1日にこの宝殿に納められていた神霊が春宮へ移動して、今は春宮に入っています。 これが御柱の里曳きの前には、新しく建てられた西の宝殿へ移ります。 これがまた立秋の日に行われるお舟祭りで、今度は秋宮へ神霊が移ります。 それで下社の神観念というのは、日本民俗学で言うように、冬、山に籠った祖霊が、春、里におりて来て、稲作なんかを手伝って、また秋になると山宮に帰る、春と秋の、里宮と山宮を循環する構造をもった神さんであると理解されています。 そういう下社の神さんの構造と上社の神観念の構造とはかなり違うと思いますので、まずはじめにそのことを申し上げようと思います。



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 上社本宮には硯石(スズリイシ)という水鏡のように水がたまる巨石がありますが、その巨石の方を向いて東・西の宝殿が建てられています。 ところが、室町時代以降だと思いますが、現在の本宮の拝殿はその方向から90度南側にずれた方向を向いて建てられている。 拝殿の方向と宝殿の方向が分裂しているわけです。 現在、、ほとんどの方は拝殿の方に向かって手を合わせられるので、拝殿を中心に今度建てられる御柱の順番をみると、右手前が4、左手前が本1、左後ろが本2、右後ろが本3となります。 ところがこの順番は、下社の秋宮や春宮、それに上社の前宮の御柱の配列といちじるしく異なっています。 秋宮などは拝殿からみて右手前が1、左手前が2、左後ろが3、右後ろが4と、時計廻りに1⇒2⇒3⇒4と建てられるわけです。 そこで上社本宮の御柱の配列は極めて特異であるという人がいますが、そういうことではないんですね。
 古い神祭りの場と思われる、巨石の硯石(中世には御座石という神篭石があったと記されていますが、いまはみつかりません)と、その手前に左、右に並んで建てられる新旧の宝殿を中心にして御柱の配列をみれば、右手前が本1、左手前が本2、左後ろが本3、右後ろが本4となり、秋宮などと同じ配列でやられているわけです。 このことから、御柱は拝殿が分裂した方向に建てられる以前から行われていたんだ、ということが判ります。 それでは新しく方向をかえて建てられた拝殿はいったい何を拝んでいたのか、という疑問がわいてくるわけですが、これにはいろいろの説がありますが、僕は宮坂清通氏の考え方をとります。
 拝殿の背後に幣殿があり、その後ろの中央に経文の納められたストゥーパ、つまり鉄塔があったわけですが、それを拝んでいたと同時に、その背後の方角には神宮寺の普賢堂があり、中には普賢菩薩像が安置されていたわけですね。 この仏像を拝んでいたということになります。 いわゆる「天正の古絵図」をみますと、たしかに拝殿の方角に神宮時の普賢堂が大きく描かれています。 いわゆる神仏習合の時代に、上社では神観念が一大転換して、制度的に仏体を拝む方角に拝殿が新しく向きを変えたと考えられます。 ちなみに当時の生き神、大祝(オオホウリ)は普賢菩薩の生まれ変わりだという思想に支配されています。 



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次に上社のもう一つの神社である前宮ですが、ここには皆さんお気づきのことと思いますが、下社の秋宮や春宮、そして上社の本宮に建てられている宝殿は建てられていません。 これにあたるものを強いて探せば、あの十間廊(ジッケンロウ)の側にある「内御玉殿(ウチミタマデン)」ですけれど、下社の秋宮・春宮、そして上社の本宮のそれのように御柱年ごとに東・西どちらかの宝殿が新しく建てられて、そこに神霊が移動するというような性格のものではないわけです。 この建物の性格を端的にいえば、生き神様である大祝の生きみ魂、ないしは祖霊を祀る場所であって、その中に納められていた神宝もそのような性格をもつものだったのです。 内御玉殿の西側に広い平地がありますが、、そこは中世には生き神大祝の住んでいた神殿(ゴウドノ)の諸施設がたちならんでいたわけで、その東側の尖端に内御玉殿が大祝の祖霊を祀る施設として機能していたわけです。 現在のようにポツンと内御玉殿が残った状態では当時の光景を想い起こすのは難しいわけですが。 だから前宮は、他の三社と異なって四本御柱を立てるのみで、宝殿はない。 そして、現在という前宮という呼び名は、中世は神原(ゴウバラ)と呼んでおります。 つまり生き神である大祝の住んでいる神殿があるところ、という点が強調されているんです。 当時は大祝が即位したあと地主神の十三社というのを巡って即位のアイサツをしているわけですけれど、その二番目に参る神社に前宮と記されていまして、現在のように一帯を総称して前宮というのでなく、十三社の一つとして前宮の名があったわけです。 地元では前宮とうのは、本宮以前からあった社というふうに時間的に理解されているようですが、僕はタケミナカタやその妃の御陵だと伝承されているところの前をいつきまつっている神社である、という意味で空間的に理解しています。 だから 正確には前宮というのは、現在の神域の一番上にあるやしろの地域にだけ限定して考えた方がいい。 やはりこの神域一帯の呼び名としては、その性格からして「神原」、つまり生き神・大祝がすんでいる神殿のある地域、と中世風に呼んだ方がいいと思います。 そう考えてきますと、下社の秋宮・春宮のように一年を双分して循環的に神霊が行き来する対偶的、双分的な社と、上社の本宮・前宮は性格が異なります。 本宮・前宮は双分的な、対偶的な神社ではない。 本宮は古くは岩坐を中心にして宝殿を左右にまつる社で、前宮は社というよりも生き神・大祝がすんでいる処です。 つまり性質が異なる二つの場であるわけです。 




神原の地下穴と蛇体
 

現在、内御玉殿の上に御室(ミムロ)社跡がありますが、これが中世に地下竪穴で神事を行った御室のあったところです。中世の祝詞によりますと旧暦の12月22日に諏訪湖の方から出てきた有賀(アルガ)を通って、真志野(マジノ)を通って前宮の入口の所末(トコロマツ)社に来るソソウ神という原始的な精霊がいます。それはカヤで作ったヘビですが、それが三体、御室の竪穴の中(図13)に冬のさなかにこもる。その時大祝(オオホウリ)、神長も一緒にこもってあくる年の三月卯の日、現在の四月にその大地の穴から出るわけです。その御室の構造というのは、竪穴の中に萩の枝で組んだ座を設け、五丈五尺のソソウ神というヘビが三体右から入って、左からは御笹のミシャグヂという原始的な精霊が入ります。大祝・神長も入るわけですからかなり大きな座というか構造物だと思います。春になってその冬ごもりの竪穴から出てきて十間廊で酉の祭りが行われるわけですけれど、それが現在、形は変わっていますが続けられています。



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祭りで中央にあるのは御杖柱(ミツエバシラ)で、そのうしろに鹿皮が敷いてありまして、昔は大祝が着座していましたが、今は宮司が座られています。また御杖柱は昔、神長官が担いだのですが今は若い神官が担いでいます。御杖柱というのは、現在は桧の柱に柳とコブシ、カシワの葉、ジシャをつけ、矢を二本刺し、下に五色の布をさげています(図14)。



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これは江戸時代に菅江真澄さんが酉の祭を見て描いた絵には「御贄柱(オニエバシラ)」とありますが、植物等は同じです。しかし中世の御杖柱は違ったようで、種類は判りませんが山の木々に氏人の髪の毛をくくりつけ束ねて、御杖柱にすると書かれています。この御杖柱の世界像を探る上でも重要な鍵をにぎっていると思います。



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先ほど御室の地下室の中にカヤでできた五丈五尺のソソウ神というヘビがいると申し上げましたが、それが冬中こもっているんですが、大地が芽吹く春になってその御室は壊される。しかしその中にいた蛇の行方はよくわからないんです。一緒にこもっていたミシャグヂは前宮に持っていかれるんですがね。その後、酉の祭で十間廊の殿上で盛大な春の神事がくりひろげられるわけですが、先ほどみられたように一番重要な神体として御杖柱が出現しているわけです。冬中地下室で一番重要だったソソウ神のヘビが、今度は御杖柱にかわっているわけですね。僕はこの転換を、大地の水脈であるヘビのソソウ神が諏訪湖の方からやって来て地下室の御室にこもり、春になってその大地の水が樹液となって上昇して御杖柱に化生したんじゃないかととらえています。

「御杖柱」は「ミズメ柱」とも言っておりまして、「ミズメ」は梓の木のことで、本来はヒノキでなく梓でやっていたんではないかと、伊藤富雄氏は推定されています。そして現在、前宮には「水眼」と書いて「スイガ」の流れという温泉の水流があって、音で読めば「スイガン」ですが、訓で読んだら「ミズメ」なんですね。<その後、藤森明氏より、茅野市安国寺地区蔵の古絵図に前宮の水眼の流れを、「水目」と記したものがあると教わった。ミズメであろうか。>
これがいかにも蛇体をほうふつとさせるように前宮の傾斜面を曲がりくねって流れています。そういうわけでミズメ柱とは水霊の柱を意味したんではないか、蛇体が上昇して生命の樹に変貌したんではないかと思います。諏訪の古い正月である酉の祭に大地の春の新年の木として、このミズメ柱が登場する様を想像しております。



大地と水脈の季節的循環

「ソソウ」神とか地下の御室を重視するように、諏訪には大地の穴に対する古い発想法が祭りの中にずいぶんあるんですね。特に現在でも12月31日トラの刻に葛井(クスイ)の池に、旧年中に使った祭祀の用具をまとめて沈めますね。中世ではその時、御室の方から新年の火をおこして葛井の方に合図を送っているわけです。その火を見て池の中に投げ込むと、伝承によれば浜松のサナギの池に浮かび上がると言われています。地下を通って太平洋側に流れていくわけですね。またその数時間後の1月1日の早朝、蛙狩り神事というのが行われています。御存知のように御手洗川にこもっている山赤蛙をつかまえて生贄にするんです。『画詞(えことば)』には、暴れるガマ神がいて、それが竜宮と現世の間をふさいでいる。そのカエルを押さえつけて鎮める、というような話があります。つまり、地下他界なり竜宮との境目を塞ぐカエルを正月1日やっつけて地底の竜宮との通路を開ける、というような発想があったようです。また有名な甲賀三郎物語も大地の穴を意図的に問題にし、そして蛇体を問題にしている。甲賀三郎が姫を追って人穴に落ちて、地底をめぐってヘビになって、また上昇して諏訪の明神になる話ですが、その説話の中に梶の葉の直垂(ヒタタレ)というのが出てきて、また、ナキガマというのが出てきて、管の行騰(ムカバカ)、これは、大祝が御射山神事に行くときにつける正装なんですが、これらはヘビやムカデに襲われた時にこういうものを出せばいい、といものなんですね。こうみてくると甲賀三郎の地底の行動や、蛇体になり、そして上昇して諏訪明神になるのは、ほぼ大蛇の行動とダブルイメージされていて、その際重要なのは、地底での行動なわけです。葛井はおそらく九頭井で龍に関係した底無し沼でしょう。またガマが塞いでいる竜宮へ通じる大地の穴とか、甲賀三郎が遍歴する地底の穴というふうに大地の中を縦横無尽に迷路状につないでいる穴と、その中に動く大地の水脈である龍、ないしは蛇体を意図的にとりあげているんです。こういうまなざしというのは、萩原さんの提起しておられる地下他界や、龍水という大地の水脈とその季節的循環に対する人間の洞察と畏敬に根差していると思われます。
先ほど下社の話に出たように一年を双分して春と秋、地上を循環する神さんというんじゃなくて、上社の神は冬は地下に蛇体となってひそみ、春になると生命樹に化生して地下から湧き出たり、大祝が春が終わったあと御立御狩、御作田御狩、御射山祭、そして秋庵祭というように四度八ヶ岳山麓に行ってススキの穂屋にこもりますね。大祝が移動するたびにこもる所は「神殿」とはっきり記されています。つまり大祝の移動によって焦点が移動している。
よく、諏訪大社には、拝殿はあるが神殿はない、それは大和の三輪神社が拝殿だけあって、神体は三輪山を拝しているように、背後の守屋山を神体山として拝んでいる古い形式の神社であるからだ、と言われております。これを俗説としてしりぞけたのは八代国治という人です。左右に配されている宝殿こそ、神社の神殿にあたるものだというのです。そのとおりだと思います。あの宝殿は普通の神社とは異なってみえますが、例えば伊勢神宮の本殿と同じように、何年目かごとに新しい神殿が建てかえられて、そこに神霊が移って蘇生するという意味での神殿の形式だと思われるからです。だが、拝殿が分裂した方向に造られたあとは、もう一つ考えないといけない。先ほどいいましたように、拝殿の背後の幣殿うしろには多宝塔、つまり経文の納められたストゥーパがあり、それを拝んでいたわけですから、これも神殿にあたるものです。そしてその背後には神宮寺の普賢堂があり、普賢菩薩が鎮座しているという構成をとっていた。いわゆる神仏習合時代にはこういうふうに二重に考えた方がいいのではないか。

ところがここにもう一つおもしろい問題が浮かび上がってきた。それは幼童の神さんを焦点として拝する建物、つまり神殿が、いっぱいあったということです。常設の神殿とは別個に、冬ごもりの竪穴である御室も神殿であり、春、地下から出てきて盛大祭りをやる十間廊も神殿で、八ヶ岳山麓の御射山につくられる穂屋も神殿であり、円形の秋庵も神殿なんですね。これはどういうことかというと、神体である大祝が季節祭式で移動するたびごとに、その場が神殿になる。こういう季節ごとに大祝と共に移動する神殿というのは古い形式だと思われます。それは冬の地下竪穴に蛇と一緒に、そして、春、出てきて御杖柱と一緒に、夏に八ヶ岳山麓にこもってやはり蛇を意味するススキと共に、というふうに極めてダイナミックに移動している。この移動を季節と空間を一緒に追って考えていくと、それが大地の水脈の循環をなしている。この一年間の円環移動全体を考えますと、大祝がドラゴンないしはミヅチであるといういわれがよく判るのではないかと思います。中国流にいいますと春分に天にのぼり、秋分に淵に潜るという龍水の循環を、諏訪湖畔と八ヶ岳山麓の一大地形をとりかこんでうまく表現していると思います。


山ノ神と蛇口の交合による御柱の発動
中世においては酉の祭の時は三本の御杖柱に鉄鐸をつけて三県(アガタ)(内・外・大県)の湛(タタエ)巡りをしました。この「タタエ」は柳田・折口両氏によると、「タタル」という言葉からきていて、それは神が示現する様をあらわす言葉で、神が木の梢を通じておりてくるという観念をあらわしていると言って、垂直的な降臨を強調しております。しかし、もっと素直に考えて「湛の樹」は、その漢字の示すごとく、地下水をたたえている樹と見たらどうか。龍樹と考えたらどうか。この湛は、樹の下でミシャグヂ降ろしをするわけですけれど、ミシャグヂは「ミシャグヂ上げ、ミシャグヂ下げ」という言葉があるとおり垂直に運動する神さんです。だからこの地下水をたたえた湛樹に天空からミシャグヂを上げたり下げたりして神むすびをする、という考え方が一つあったんじゃないかと思います。さっき御室の中に水脈をあらわすヘビがいると申しましたが、その横に御笹のミシャグヂというのがあって、そのササを通じてミシャグヂをおろして、この蛇体につけなければ神事が始まらない。そこでこちらとそちらの神さんを神むすび、つまり交合させないと神霊が発動しないという考え方があって、この「タタエ」もですね、地下水をたたえた樹と、天空からおろしたミシャグヂに性的交わりをさせて神的威力を発揮させたんだと思います。このように陽極と陰極を結びつけて神霊が発動するという方式を御柱の中で探していくと、メド穴に藤蔓でもって男綱、女綱をそれぞれ結びつける、そして男綱には山ノ神、女綱には蛇口という精霊が綱渡りをしてのりうつる。ヘビと山ノ神がセックスしているという構図が藤蔓の縄であらわされていると思います(図16)。それはさっき言った御室の中で、ミシャグヂとソソウ神が交わっているという構図と同じなわけですね。御柱の山出しのいちばん初めに御綱渡りという儀式がありますが、この中の木遣りの唄の中に、「山ノ神様御乗立で 御双方御手打綱渡りエー」また、「男綱女綱の綱渡りエー、御双方様健固を祈りますエー」というのがあります。この御双方様というのが男綱と女綱にのりうつった山ノ神と蛇口を示すもので、御手打というのがそのまぐわいをあらわすんではないかと思います。山ノ神は、そういうふうに臨時に降りてきて、その神霊を発動するもんで、例えば、山ノ神は山出しが終わって安国寺の御柱屋敷に到着すると山ノ神返しをする。一度、山の方に帰っている。そしてまた里曳きの時には、今度は山ノ神は御柱街道を通らずに特別の道を通ってお舟にのっておりてくる。そして御柱と合体して先導していた。そういう威力ある神霊だったんです。現在は、お舟は本宮を出発して御柱を迎えるようになっていて、これは諏訪大社の神さんが御柱をお迎えにいくんだといわれていますが、これは新しいやり方で本来のものではなかった。ちなみに一の柱の長さ五丈五尺は、御室の地下穴にこもったヘビの長さと同じなんです。このように、山ノ神は水の霊と神むすびする神で、御柱を通じて、山ノ神と水の霊であるヘビの交わるパワーあふれた柱を、八ヶ岳から諏訪湖畔、祭り場までうちおろして、その場を再生させたんだと思われます。このような大地の水脈の季節的循環と植物の生育する力に対するトータルな視線というものが、再び現代に要請されざるをえなくなった歴史のパラドックスを思いますと、諏訪のドラゴンというものは、身をぼろぼろにしてもいつか息を吹き返すでしょうか。




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諏訪前宮の裏山にて









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厳島神社参拝セミナー (兵庫県・岡山県・広島県・愛媛県・香川県・徳島県) 平成29年9月1日(金)~4日(月) 

Posted on  2017/06/13 Tue. 13:42   
日時 
 Aコース・・・平成29年9月1日(金)~4日(月) 
 Bコース・・・平成29年9月2日(土)~3日(日)



集合地と集合時間  
Aコース・・・9月1日(金)トランブレーみゆき宅  午前2時集合 (みゆき宅に前泊・後泊可。宿泊費不要。) 
Bコース・・・9月2(土) 14時  宮島 鳥居前集合(海の中にある鳥居ではありません)




定員  
Aコース・・・4名   
Bコース・・・5名
(Aコース・Bコース共に締め切らせていただきます。ありがとうございます。)
             



参拝ルート 
Aコース

9月1日(金)
清荒神清澄寺(兵庫県)➡廣田神社(兵庫県)➡芦屋神社(兵庫県)➡六甲山  白山の宮(兵庫県)➡六甲比命神社(兵庫県)➡サムハラ神社 奥の宮(岡山県)➡石上布都魂神社(岡山県)➡たけべ八幡温泉泊(岡山県)


9月2日(土)
吉備津彦神社(岡山県)➡うら神社(岡山県)➡吉備津神社(岡山県)➡備中国総社宮(岡山県)➡平和記念公園   原爆ドーム・慰霊碑・広島平和記念資料館(広島県)➡宮島行きフェリー乗り場➡JRフェリーで宮島へ➡厳島神社(広島県)➡島内自由散策➡フォレストビラ水羽チェックイン➡夜はみんなで楽しくお話会\(^o^)/

9月3日(日)
午前中 宮島 弥山登山・参拝(広島県)➡大山積神社(愛媛県)➡石鎚神社(愛媛県)➡たからだの里 湯の谷荘(香川県)


9月4日(月)
金刀比羅宮(香川県)➡善通寺  弘法大師御誕生所(香川県)➡白人神社(徳島県)➡五社三門   磐境神明神社(徳島県)➡大麻比古神社(徳島県)➡諭鶴羽神社(兵庫県)➡自凝島(おのころじま)神社(兵庫県)➡伊弉諾神宮(兵庫県)➡石屋神社(兵庫県)




Bコース

9月2日(土)
厳島神社参拝➡島内自由散策➡フォレストビラ水羽チェックイン➡夜はみんなで楽しくお話会(^^♪

9月3日(日)
午前中 宮島 弥山登山・参拝➡正午解散








清荒神清澄寺
日ノ本の国に、太古よりお祀りしてきた「伊勢生成(いせいいなり)の神」が神武東征により消されてゆき、ついに伊勢の内宮までが放置されてしまった為、丹生家の意志(こころ)ある人々により、生命生産(うみだ)しの御神理氣を秘かに三津に分散させてお祀りしました。息津(おきつ)「日輪太陽津(かい)神」を高野山の奥に「立里荒神(たてりこうじん)」として、湍津(たぎつ)「宇宙産迂迦神(うちゅううがしん)」の丹生津の神を大神(おおみわ)の裏に「笠山荒神(かさやまこうじん)」としてお祀りされ、更に邊津(へつ)「産土之地球神(うぶすなのちきゅうしん)」を宝塚の中山に「清荒神(きよしこうじん)」としてお祀りし、「三宝荒神」とお呼びし、太古よりの神をお守りしてきました。





五社三門   磐境神明神社

天界より、生命の「聖地」である地球の嶋国・日ノ本の與謝津(かい)に、最初に植物の元生産親神(もとうみおやがみ)が御降臨・御降誕され地上を生成繁茂向上になり、次に動物の元生産親神が御降臨・御降誕、最後に人祖「初代」與謝身伊邪那岐尊と「初代」伊邪那身命が御降臨・御降誕。生命生産出(うみだ)しの神の総監である「天照皇大御神」を始めとする、生命生産出しの絶対五神の神理氣と、植物・動物の元生産親神を合祀され、八和幡之大神(やわたのおおかみ)とお呼びし祭祀されました。大丹生家(人祖家・天皇家)が、最初に神祀りをなさいました御姿であり、これをそのまま今日まで伝え残して居る神社が磐境神明神社です。五社三門の石積みの枠内は天界を示し、植物・動物・人間のホシ(遺伝子)が御降臨した天之意和戸(いわど)の姿を示しているそうです。
この神祀りは、人祖より「伊邪那岐家」1500代続き、その最後の嫡子「初代與謝身天照天皇」からは、人祖のお二方を八和幡之大神に加え九氣九神とし、その後七代目の「饒速日天皇」までの間、「生命生産出しの神」の「九氣九神・伊勢(いせい=雄蕊・雌蕊、雄・雌、男・女)生成(いなり=生命を産み出す)の神」をお祀りし、決して争わない・戦わない神の意の元に、和をもって政が行われ平和な世であったようです。






諭鶴羽神社
諭鶴羽修験道由緒 
①五大修験  「西天竺の霊神が第十代崇神天皇の御代に五つの剣を東に向かって投げられ『我が縁のある地に留まれ』と誓いたもうた。 
一は、紀伊国、熊野三山に
一は、下野国、日光山に
一は、出羽国、羽黒山に
一は、豊前国、彦山に
一は、淡路国、諭鶴羽山に
留まったと伝えられています。

②元熊野
熊野権現御垂迹縁起によると甲寅の年、唐の天台山の霊神が九州筑紫国、英彦山の峰にご降臨され、戌午の年、伊予国、石鎚の峰に渡られ、甲子の年、淡路国、諭鶴羽の峰に渡られた、後、庚午の年、熊野新宮、神蔵の峰に渡られた・・・と伝えられています。







六甲山  白山之宮
六甲山石宝殿の正面には「白山大権現」の額が掲げてあり、その奥の石祠が安置されています。左横に、六社大神・権大神・一水神大神・白山大神(大正三年)の石祠があります。ここを訪れる方々は多いのですが、そのまた奥にも沢山の神々が祀られていることには気づきにくいです。波動でキャッチされる方々は、石祠が見えなくてもわかっているのでしょうが。禁足地となっているのですが、神々の導きがありまして宮司様御夫妻により中に入らせていただきましたので、ここで皆さまにも知っていただけたらと思います。白山水天宮(水の神)・白菊姫の神・六甲稲荷権現・六甲山頂大権現・御嶽山大権現・六甲山石宝殿 白山之宮祭神・白山妙理大権現・八大龍王大神・龍王姫大権現・他多数の神々が祀られていらっしゃいます。祠は見えなくても、この六甲の地を沢山の神々が守ってくださっているので、意識を山・町全体に拡げ感謝の想いで祈っていただけたらと思います。









六甲について
六甲という名の解釈はいろいろありますが、六甲を元として六十干支を数えると、甲子(きのえね)から始まって癸亥(みずのとい)に至る六十進法の中に、甲子、甲戌、甲甲、甲午、甲辰、甲寅の六つの六甲が六十干支を代表して際限なく繰り返しながら、この地球・全ての命を見守り育んでいます。「六甲」という名がついているということは、六甲山では、過去・現在・未来という時の流れやエネルギーも神として、感謝の想いを祭祀として行ってきたのかもしれませんね。、六甲山麓にある農村部の古老が伝えていることのひとつに、一年に六回、甲子の日に、六甲山から湧き出る御神水を飲むものは必ず延命長寿するという伝承があります。

神功皇后が六甲山系に六つの甲を埋めたという説もあります。
「神功皇后」は神武権力が伊勢の神(八和幡之大神)をつぶし、「神武天皇」に都合の良い神祀りをしていることはご存知でした。皇后が、「仲哀(ちゅうあい)天皇」(第十四代)と共に三韓征伐に向かわれる道中、九州の地で御子をお宿しになり、新羅へ渡る船の中でその事にお氣付きになりました。今まで男性的で勢いのおありであった皇后が、一転して母性本能をお見せになり、この戦争は出来るだけ穏便に済ませようと相手方と相談され、和が成立してお帰りになりました。
この御子の命は、天皇と最後の和みをなさいました時に授かり、(帝はそのままお亡くなりになりました)我が君の残して下さいました宝であり生命をお与え下さいました「八和幡之大神(やわたのおおかみ)」のお陰と、九州の宇佐の地に八幡宮を御造営になり感謝の祈念をなさいました。今までの荒々しいご自身の言動があまりにも恥ずかしく、都へのお帰りの途中、甲山(かぶとやま)にご自身の甲冑(かっちゅう)や剣など埋け(い)けておしまいになりました。そして浪速(なにわ)に、「住吉大社」を伊勢の内宮に向けてお建てになり、生命を宿して下さる男神への感謝をなさいました。

こうして「八和幡之大神」を潰して来ました。「神武天皇」から十四代目の天皇の代で、やっとこの神を復興されましたが、またもや権力者がこの御神理氣を消してしまい「仲哀(ちゅうあい)天皇は九州でお隠れになっても、皇后には御子が授かった。これは正(まさ)しく神の化身である。」と言って誉田別尊(ほんだわけのみこと)<応神天皇>を神であるとし、その後、八幡神社には誉田別尊が神とてお祀りされました。


過去・現在・未来に繰り返されるこの「六甲」という時の流れ。過去生かしていただいたこと、今というこの瞬間を生かされていること、そしてこれからも生かしていただくという「時の神」に、そして「八和幡之大神」に、この六甲山で感謝の祈りを捧げるものいいかと思います。








白人神社
五社三門の下に建てられています。
北伊勢国の大安町石槫にあった大和族の三八子(みやこ)を徹底的に攻撃したことがあったようです。丹生家の人々は「大丹生天皇(おにゅすめらぎ)」を逃すために人垣を造りましたが、多くの方が討たれ、やっとの思いで天皇をお守りし、四国へ逃れました。一部の方々は出雲に逃れたようです。今も員弁(いなべ)には、その時無念の死を遂げた人々を葬った麻績塚(おみづか)が遺されています。四国へ逃れた方々は員弁を忌部(いんべ)と名前を替えて、白人(隠れ人)となり落人となられ、山の上に隠れ住みました。一方、松江に逃れた方々は、伊勢生成(いせいいなり)の神祀りをしていた為、神武派に見つかり、神殿は焼き払われ重刑に処せられてしまいました。
現在、四国の徳島県美馬郡穴吹町に「白人神社」がありますが、この辺りに七十五名の「丹生家」の方々がお住まいになり、他の方々は、麻を織る技術を持っておられ、麻植郡にお移りになり「大丹生家」の伝統を守り続けていらっしゃるそうです。この神社の秋祭りには、この「七十五名の宮人」の方々でなければお神輿は担げないそうでうです。又、お正月に行われます「御的(おまと)」という行事には、竹を割って的を作り、中央に鬼と書いて七十五本の矢を射るそうですが、「鬼」とは「大丹生家」を表わし、我らこそ正統天皇(すめらぎ)家の血筋であると、年の初めに改めて皆に知らせていたのかもしれません。









厳島神社( 以前書いていたブログ  2011年3月9日の記事から)


社殿を中心とする厳島神社と、前面の海、背後の弥山原始林の森林を含む区域が世界遺産と登録されたのは1996年のこと。ユネスコ協会が発行している冊子 「ユネスコ」2011年 1月号にこの厳島神社の記事が掲載されていたので この情報を皆さまとシェアしたく ここで御紹介したいと思います(ユネスコ協会の許可は得ています)厳島神社の禰宜を務める福田道憲さんに、生まれ育ったふるさと宮島と厳島神社への想いを伺うという形で書かれています(ライター 永山多恵子)
『自然とともにある建造物厳島神社の起こりは推古元年(593)だが、平安時代後期の1168年に、平清盛によって現在のような海上社殿が造営された。極楽浄土を模したといわれ、神殿造りの社殿にはさまざまな工夫が施されている。
宮島周辺では干満の差が4mほどあるのに、床の高さが3.8mしかないのは、その顕著な例だ。潮が引けば大鳥居まで歩いていけるが、潮が満ちると、社殿や回廊はあたかも海に浮かんでいるように見える。瀬戸内海を池に見立てたこのダイナミックな発想は、自然美と人工美を見事に融合させた。一方で、日々の潮による劣化はもちろんのこと、雨風による被害も後を絶たない。平成に入ってからでも、大きな台風に3回も見舞われた。
「自然が相手だから、頑丈に構えておったら壊れます。ここは、自然をやわらかく受け入れるようにできているんです。回廊の床は、海水の圧力を逃すために、すき間を空けてありますし、風や波が抜けるよう側壁もほとんどありません。神殿造りの庭に当たる平舞台(ひらぶたい)という場所は、ご本殿にまで波がいかないよう、波の力を弱めるいかだの構造を利用したといわれています。また、社殿は左右対称でなく、回廊の長さや角度がすべて違うんです。」
左右非対称にして形をいびつにすることによって、一方から強い風雨を受けても、ほかで支えられるのだという。柱が丸いのも、風や波の抵抗を逃すためだ。すべてが、自然とともにあることを念頭に置いた、先人の知恵の結実といえる』

ゴールのない駅伝ランナー

自然との調和を求めた設計を、900年もの長きにわたって支えてきたのは、こまやかな管理と修理にほかならない。とくに回廊を支える柱は海水に浸かるため、根元部分をひんぱんにすげ替えている。神社の象徴である海中の大鳥居も、現在は8代目だ。明治8年(1875)に建て替えた後、水に浸かる部分のみ昭和26年(1951)に取り替えたが、そろそろ主柱をまるごと建て替える時期にきているという。
「高さ16m、周囲10mもある主柱をつくるためには、樹齢500~600年のクスノキが必要となってきます。そんな巨木は、日本中探してもなかなか見つけることができません。」それならばと、宮島千年委員会という地元有志の組織が、島のクスノキの種から育てた実生の苗を植樹した。宮島ユネスコ協会も参加して、2003年から数回に分け、国有林の一角に約200本の苗を植えた。これから先、枯れたり、大きく育たなかったり、曲がったりする木は何本もあるだろう。その中で、、幸運にも陽光に恵まれ、まっすぐ育つクスノキがあったとしても、大鳥居の柱にするには少なくとも500年はかかる。
「宮島は内海で暖かいので、島にもクスノキはいっぱい生えています。けれど、鳥居に使えるような大木は、たいてい天然記念物となっており、伐ることができません。だから、、植樹をした。現在の鳥居の建て替えには、とうてい間に合いませんが、いつかは島の木で鳥居をつくりたいという思いは、皆同じなです。」(抜粋終了)

左右非対称にしていびつな形で造られているとは知りませんでした。自然との調和・・・本当に大切なことだと思います。
人々との調和もとても大切ですね。自分はたくさんの神々 そしてたくさんの人々との出逢いの中で この「調和」ということを学ぶ機会をたくさんいただいていますが、改めてそのことに感謝したいと思います。いろんな人がいるからいろんな意見・考えがあって当たり前ですよね。厳島神社の拝殿のように、自分も自然とともにあれるように そして 人々とも調和の元で生きられるように努力していきたいと思います。そして・・・この遺産みんなで大切に守っていきたいですね。






9月1日(金) Aコースの方の泊まる宿    たけべ八幡温泉  素泊まり   和室




9月2日(土)Aコース・Bコースの方の泊まる宿   フォレストヴィラ水羽


和室8畳+6畳+6畳 の一棟貸しです。


夕食は宿からすぐお近くの ZIZOにて5800円のコースでイタリアンのお食事をいただきます。お魚かお肉を選んでいただきますので、参加申込の際にどちらをご希望かお知らせください。翌朝は皆で一緒に🍙おにぎりを作っていただきます。(炊飯器は宿にあります)


宿にはお風呂もついていますが、時間に余裕のある方は集合時間前に温泉に寄るのもいいと思います。
宮島錦水館の潮湯温泉



おやつ?夜食?お酒?(⇦程よ良い飲み方でお願いしますm(__)m) など必要な方はご持参を(^^♪





弥山登山について
今回はロープウェイを使わず、登りは大元公園から登る大元コース、下りは大聖院コースを歩きます。休憩無しで2時間半のコースですが、倍ぐらいの時間をかけてゆ~~っくり歩きます。歩きやすい靴でいらして下さい。




登山時に必要ない荷物は宿で預かって下さいますので、登山時に必要な飲み物(それぞれで準備お願い致します。)と必要な物を入れる為のリュックなどをご用意ください。





宮島へのフェリーについて
フェリー乗り場には松大汽船とJRフェリーの2つの乗り場があります。
料金はどちらも180円(往復360円)で所要時間も約10分。ルートに関しては少し異なります。
JRフェリーは大鳥居に接近する航路で運航しますので、初めての方とか写真を撮りたいという希望のある方はこちらをおススメします。進行方向に向かって右側に見えますので、右側の席にいるといいですよ。松大汽船は、直進コースでフェリーが運航するので、宮島へは少しだけ早く到着します。行きはJR,、帰りは松大汽船というのもいいかも。





9月3日(日)  Aコースの方の泊まる宿   たからだの里 湯の谷荘  素泊まり  和室






Aコースの方・・・全ての日程が終了するのは、北淡路島 18時半ぐらいの予定です。東日本から参加で、愛知県岡崎市みゆき宅で一泊してからご帰宅希望の方は一緒に愛知県まで。(次の日最寄り駅までお送りします)その日にご帰宅希望の方は、愛知県に向かう途中であればご希望の駅で降ろす事可能です。まだどのルートで帰宅するかは決まっていません。参加者さまのご要望に従って帰宅ルート変更可能です。






参加費   Aコース・・・50000円 (参加費に含まれるもの ➡ 3日分の宿泊代・2日目の夕食代・広島平和記念資料館観覧料・ 3日目の朝食(おにぎり)・宮島へのフェリー代(往復)・宮島への入場料(初穂料)・全行程の交通費・セミナー代)

 Bコース・・・15000円 (参加費に含まれるもの➡9月2日(日)の宿泊代・夕食代・翌朝のおにぎり・宮島への入場料(初穂料)・セミナー代)






お申込されてからのキャンセルについて
数日前からは半額、当日は全額のお支払いをお願い致します。








縁ある参加者様と一緒に時間を過ごすことができること、心から楽しみにしています(^^)




お申し込み   トランブレーみゆきまでお願いします。

powerful_tremblay☆yahoo.co.jp
(☆を@に変えてください)





広島 030





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富士山参拝セミナー (神奈川県・山梨県・静岡県) 平成29年7月30日(日) 

Posted on  2017/06/13 Tue. 13:22   
日時   平成29年7月30日(日)  





集合地 ・集合時間   愛知県岡崎市 トランブレーみゆき宅 午前4時集合(みゆき宅に前泊も可)。 または、神奈川県小田原駅 7時半にピックアップも可能です。





参拝ルート 

箱根神社➡芦ノ湖  九頭龍神社・白龍神社➡富士山本宮浅間大社➡冨知神社➡山宮浅間神社➡白糸の滝・音止の滝➡本栖湖





定員 4名






参加費  10000円






※九頭龍の森入口まで、ゆっくり歩いて30分。歩きやすい靴でお願いします。九頭龍の森への入園料500円は参加費に含まれます。




※集合地と解散希望地をお申込み時にお知らせください。岡崎市から現地に向かうルートの間で合流・解散ご希望の方は、その旨をお知らせください。可能な地であれば、途中でピックアップさせていただきます。(新東名または東名を通って現地に向かう予定です。)





※解散は富士宮駅 19時頃の予定です。愛知県岡崎市で解散の方は、岡崎市に21時半~22時頃となります。西日本の方で、みゆき宅に宿泊してから翌日ご帰宅希望の方は、どうぞお泊り下さい。翌日お好きな時間に最寄り駅までお送り致します。







冨知(ふくち)神社
ふちじんじゃ・ふぢじんじゃとも呼ばれ、紀元前288年に創建されたと言われています。征夷大将軍の坂上田村麻呂が浅間大神を山宮の地から現在の富士山本宮浅間大社の地に遷座する時、その地に先に在った冨知神社を現在の地に移したと伝えられています。冨知神社は、地主神である富士山そのものを祀る根本の神社であるということです。御祭神は「おおやまづみのみこと」とされていますが、後に記紀に合わせて変えられたようですね。







山宮浅間神社
山宮神社は、御神体を祀る本殿がなく生垣で囲まれただけの空間を神殿とし、神社の原初形態が残される神社です。とてもシンプルな場なのですが、非常にエネルギーの強い場で、冨士大神に繋がることができる素晴らしい地です。






お申し込み   トランブレーみゆきまでお願いします。

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御縁ある参加者様とご一緒できることを、心から楽しみにしています(^^)/








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熱田神宮・玉鉾神社・伊勢神宮参拝 (愛知県・三重県) 平成29年6月21日(水)  夏至 

Posted on  2017/06/07 Wed. 21:06   

日時  平成29年6月21日(水)  夏至



集合地・集合時間    熱田神宮  正門  6時



熱田神宮 名古屋市熱田区神宮一丁目一番一号  

境内案内



コース      熱田神宮(剣)➡玉鉾神社(玉)➡伊勢神宮 内宮 (鏡)➡瀧原宮➡多岐原神社➡多度大社 




参加費     10000円




定員       4名



夏至は陽のエネルギーが最高潮に達する日です。天の導きに従い企画をさせていただきました。熱田の大神の元で祈りを捧げたいと思います。


太陽の「真光」と「丹」と「芒種のエネルギー」とが、日輪太陽津(かい)において亢進状態に入る神姿を「三宝荒神」と言いますが、仏教では「三大虚空蔵菩薩」としてお祀りし、またこの日輪太陽津での天照皇大御神のお活動氣(はたらき)を『熱田の大神』 と呼んでいます。そして、この御祭りを「生産祭(しょうぶまつり)」(生腑祭)と定め置かれました。『熱田の大神』とは『不動明王』の姿でもあります。不動明王が手に持つ剣は、不戦の誓いを表す「民草和氣(くさなぎのつるぎ)」です。『不動』とは、人間の如何なる知恵・力をもってしても、動かす事の出来ぬ天地の理、則ち不動なり。』



玉鉾神社
熱田神宮(草薙剣)と伊勢神宮(八咫鏡)の間に創建してほしいという孝明天皇(121代)の御遺言に従い創建されました。政治権力は孝明天皇と陸仁親王を暗殺し、山口県熊毛の大室寅之助を明治天皇に擁立して明治時代になりました。孝明天皇の護衛の隊長である旭形亀太郎は、帝の(孝明天皇)の御遺勅に従い、大阪の財産を処分して帝をお祀りする届けを提出しても、権力者からなかなか許可が下りず、旭形亀太郎は当時の愛知県知事と一緒に京都綾部の大本教開祖である出口直にお伺いをたてたところ、「玉鉾神社」として祀るよう御指導いただき、愛知県知多郡武豊町六貫山に御祭神 誉田別尊(ほんだわけのみこと)を表にし、鏡・玉・剣が一直線上に並ぶ地に孝明天皇を鎮座されました。




※熱田神宮はいつものセミナーのように全部は回りません。伊勢神宮も内宮のみの予定ですが、参加者さまの希望があれば時間が許す限り他の地に行く事も可能です。



※基本的なコースは変わりませんが、集合時間や解散時間は行くメンバーで調整致します。お申込時に集合可能時間と希望集合地(みゆき宅集合もOKです)・希望解散地などをお知らせください。伊勢自動車道➡東名阪自動車道➡伊勢湾岸自動車道➡新東名高速道路を通り愛知県岡崎市まで帰りますのでこの通り沿いの駅であればお送りすることも可能です。

※遠方の方はトランブレーみゆき宅に前泊オッケーですが、前日は帰宅が18時?ぐらいになりそうなので、駅(名鉄 本宿駅)までのお迎えは19時ぐらいになるかもしれません。



御縁ある方と一緒に時間を過ごせること楽しみにしています。





お申込

powerful_tremblay☆yahoo.co.jp  トランブレーみゆき

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image1 (21)
玉鉾神社





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みろく天神社
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白山登山奥宮参拝セミナー (石川県・岐阜県) 平成29年8月8日(火) 

Posted on  2017/05/28 Sun. 10:22   
日時  平成29年8月8日(火)満月



集合地・集合時間    トランブレーみゆき宅 午前2時30分 (または、登山口に直接集合も可。 現地到着は6時予定)




持ち物 お弁当(みゆき宅に前泊の方は、朝出かける前に一緒におにぎりを作りましょう(^^)/)・おやつ?・飲み物(人にもよりますが、1L~2Lは必要と思います)・手袋・カッパ・ストック・バンドエード・温泉セット(車の中に置いていきます))・登山靴・靴底がはがれてしまった時の応急処置をするひも




雨天時  中止





参加費  10000円





定員 4名





下山後、温泉に入りスッキリしましょう(^^♪  入泉料は参加費に含まれます。

大白川温泉  しら水の湯 




みゆき宅に前泊・後泊可です(宿泊費不要。最寄り駅までの送迎致します。前日は参加者様も睡眠をしっかりとり体を休めていただきたいので20時には就寝としたいと思います。従って、迎えの時間は19時より前とさせていただきます。)






登山について

普段全く山登りも運動もしたことがないという方にとっては、2000メートルを超える山はかなりきついかもしれません。途中で体調を崩す可能性大であり、ギブアップしたくなるかもしれません。山や自然を甘く見ていると怪我をしたり、運悪ければ死に至ることになりかねないので、軽い気持ちで登らない方がいいです。水分補給の仕方(トイレは途中にありますが、水分の取り方を間違えると、途中でトイレに行きたくなったり、または、取らなさ過ぎても脱水症状をおこしますので要注意)、歩くペース、歩き方(歩き方が悪いと膝を痛めます)、装備、万全の状態で臨まなければなりません。

ちょっとマラソンと比較していみたいと思います。マラソンは速い人で2時間半前後。消費カロリーでいうと、2000~2500キロカロリーです。たとえば、登山で8時間歩くとすると約3000キロカロリーを必要とします。時間比でみると、もちろんマラソンのがハードなのですが、総合的にみるとマラソンよりエネルギーを消費します。3000キロカロリーは御飯に置き換えると約12杯です。御飯をほとんど食べなくても動けるような体創りの修行をしている方は大丈夫ですが、そうでない方はヘロヘロになるかも。これだけのエネルギーを消費する間筋肉を使って歩き続けなければならないわけですから、ある程度のトレーニングは必要でしょうね。


登山靴・・・地形が常に変化する山道を安定して長時間歩くため、しっかりした靴を履く事が大切。ハイカットは足首をサポートするので長距離・重装備向けで、ローカットは短距離・軽装備向けとなります。靴底のしっかりしたものであれば、足への負担も違ってきます。ちなみに、私のはハイカットです。


ザック・・・長時間、起伏のある山道を歩く場合、ザックに荷物を入れ背負い、両手は何も持たずに歩きます。手提げなどは、バランスが悪いし疲れやすいので避ける方が無難。


雨具・・・山の天気は変わりやすいです。風雨にさらされれば、体が冷えて体温を奪われ、低体温症が起こることがあり、夏でも簡単に死に至ることがります。登山では、カッパは必須です。完全に防水ができ、身体が発する汗を逃すことができるゴアテックスに代表される防水透湿素材を使用したもので、上下セパレートが理想的です。コンビニで売っているような安いカッパはなんの役にも立ちません。


ストック・・・利点は、足への負担を軽減したり、膝への衝撃を軽減したり、バランスが崩れた時にストックで立て直すことが出来る場合もあります。
欠点は、2本で300グラム~600グラムあるので、重量増になる。急な岩場では、使い慣れていない人はかえって危険。しかし、白山は、岩場を登っていくようなところではありませんのでその心配はないかと思います。ザックに収納時に、はみ出していて何かにひっかけて転倒・事故の可能性も。ストックが必要なのか必要ないのかは、たくさんの山を登って経験してはじめてわかってくることですが、道具を上手に使い、使われないようにしましょう。



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白山について

白山国立公園内の石川県と岐阜県にまたがる、標高2702メートルの山です。立山と同じように、白山という山はありません。剣ケ峰((2677メートル)と大汝峰(2684メートル)と御前峰(2702メートル)の三主峰とその周辺の山々からなる蓮峰の総称です。石川県・岐阜県・富山県・福井県にまたがる山麓一体を含め白山国立公園に指定されていています。また、古より山岳信仰の盛んな霊山として、富士山・立山・白山を日本三霊山と呼んでいます。
いくつもの登山コースが整備されているのですが、よく利用されるのは、別当出合基点として砂防新道(黒ボコ岩経由)、エコーラインで下山する一泊二日のコースです。

白山は2702メートルしかない山ですし、整備もしっかりされている山なので、歩きやすく初心者向けのお山ではありますが、どれを初心者とするのかのものさし・基準がそれぞれの方で異なるので難しいです。人によっては、中級レベルとか上級レベルと表現するかもしれません。

富士山日帰り登山を中級レベルとした場合、白山は中級レベル以下ですが、ふつ~に7時間(休憩無しで)は歩き続ける山ですので、普段歩き慣れていない方や全くの初心者には日帰りはちょっときついかもしれません。

私は、いつも岐阜の平瀬口から朝一でスタートし、お昼には下山し、温泉にゆっくり入って日帰りしますが、今回は参加者様に無理のないようにその2倍の時間をかけてゆっくり歩くつもりです。


清らかな風を全身に感じ自然と触れ合いながら歩くのは最高です。 頂上から眺める景色もエネルギーも口では表現できない程の素晴らしさです。



御縁ある参加者様と一緒に時間を過ごすことができることを心から楽しみにしています(^^)



お申し込み   トランブレーみゆきまでお願いします。

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