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むすひ

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昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

関西へ  その3 

Posted on  2014/05/02 Fri. 07:25   
28日は、京都へ。出雲大神宮⇒貴船神社⇒神護寺の3ヶ所。この日に行くべき地がどこになるのか、数日前までわからなかったのですが、最近は神様も全く教えて下さらないのです。『自分で感じよ!』それだけなのです。何県かも教えて下さらないので、範囲が広すぎてわからない(-_-;)仲間と電話で、感じることを確認し合うのですが、う~~んと唸ってしまう。いろいろな神社の名前が浮かぶのですが、全くピンと来ない。やりとりしている間に、『あっ 京都だ!』とピンと来た瞬間『京都じゃない!?』と仲間に伝えると『うん、そうだね!』となり、ひとつクリアー。そのやりとりを国常立尊様は黙ってニコニコして眺めている感じで、相変わらず何も教えて下さらない。『教えて~~~~!』と叫びたくなるのを抑えて、また感じようとする。次の瞬間、あっ 地図を見よう~地図を見たらピンと閃くものがあるかも?と地図を取りだしました。見た瞬間『あ~~~わかった~~!! 出雲大神宮だ!間違いない!』と伝えると、『うん、私もそう思う』と意見が一致。行く意味も一瞬にしてわかりました。すると、国常立尊様登場。『何故最初からわからないのだ!?』と笑いながら一言。二人とも爆笑。何故?と言われても・・・一瞬ではまだわからない未熟者ですとしか言いようがないわけでして(笑)神様厳しいけど、それも愛。私の成長を黙って見守ってて下さるのです。こんな感じで毎回行くべき地が決まって行きます。

貴船神社は、龍神様のお力を借りなければいけないことがあるので、お願いしてきました。

神護寺は、もうかれこれ半年以上前から、紙に書いてパソコンの前に貼っておいたのですが、行くタイミングと意味がわからずずっとそのままだったのですが、今回がタイミング。行く意味は前日わかりました。そして、行った先でさらに深いところを感じることができ納得でした。以下、神護寺のパンフから抜粋します。

神護寺のはじまり
平安京造営(794)の最高責任者(造営大夫)であった和気清麿公が、いまの愛宕神社の前身、愛宕山白雲寺などとともに建てた愛宕五坊の一つで、「高雄山寺」とよばれたが、天長元年(824)、河内の神願寺(清麿公創建)の地が、よごれた所でふさわしくないという理由から高雄山寺に合併されて、「神護国祚真言寺」と称したのがはじまりでありますが、これより先、和気一族は、叡山の最澄(伝教大師)や空海(弘法大師)をこの寺に招いて活躍の場とされたため、時の仏教界に新風を送ることとなり、平安仏教の発祥地となったところであります。ことに弘法大師は唐(中国)より帰朝して、大同4年(809)に入山、以来、十四年間住持され、真言宗立教の基礎を築かれたところでありまして、のちの東寺や高野山金剛寺と並ぶ霊刹であり、弘法大師を初代としております。

文覚上人の再興
平安時代に二度の災害のため、堂塔のほとんどを焼失しましたが、一世の豪僧、文覚上人がその荒廃をなげいて、寿永3年(1184)後白河法皇の勅許を得、源頼朝の援助もあって往年以上の復興をみました。(抜粋終了)

ほとんど参拝客がいなかったため、マンツーマンで御堂の中の全てを説明して下さいました。最古の曼荼羅がここにあるのですが、(コピーですが。本物は、京都の博物館って言ってたかな?)感動でした。空海が唐から持ち帰った曼荼羅です。行く前に、神様から『曼荼羅』というキーワードをいただいてました。曼荼羅のように、神も仏も自然も人も全ての存在がひとつになっている宇宙を感じる。そして全てと一体となり、力を合わせ良き日本・地球・宇宙にしていく・・・曼荼羅をイメージし祈ってきました。
結縁潅頂の手控えである暦名もあったのですが、これにも感動しました。これを見るだけでも、嬉しくて嬉しくて。筆頭に最澄の名前があるし、最澄の弟子である泰範の名も記されていました。係の方と話盛り上がり♪ メモなのでサラサラと書かれたものではあったのですが、ほ~~空海、こういう字を書いてたのね~~(*^_^*)ってじっくり見てきました。結縁潅頂で決まる御本尊様のお名前が書かれているのも興味深かったです。私も高野山で潅頂を受けているので、その時のことも思い出されて、なんだかとっても嬉しかったわ。文覚上人様と和気清麿様にも会いたくてお礼が言いたくて(*^_^*)この方々無しでは、神護寺はなかったわけですから。とにかくお墓にレッツGO!ってことで歩き始めたのですが、これが結構遠くて・・・山の頂上にあるとは知らなかった(-_-;)やっぱり、私はいつも山登りがセットみたいで(笑)お二方にお会いでき、お礼を伝えることができて本当に良かった。天から力を貸して下さい!ってお願いしてきました(^^)和気清麿様のお墓で感じたことがあったので、またお寺に戻ってお伝えしてきました。そしたら『実は、先日 和気清麿様の御子孫の方がみえて同じことを仰いました。わかりました住職に伝えます。』と仰ってくださいました。良かった(*^_^*)良き方向に改善されることになりました。めでたし めでたし。

『目に視えるものたちとの繋がりも大切だが、視えないものたちとの繋がりが、どんなに大きな力となるか
 その力も目に視えなくとも、そこに感謝の思いがあれば、必ず 日本を 人々を 神々をも護る力となるのだぞ』と空海からメッセージいただきました。行く前に、国常立尊様からも『その名の通りだ! 神を護る場所  神との繋がりを護る場所・・・』とメッセージいただいてました。国常立尊様と空海のメッセージ一致してます。

「神々をも護る力となる」寺、神護寺。名前にはやはり深い想いが込められています。その名の意味、そして、昔の人たちや神仏の想いも感じ取りながら、みなひとつになれるといいですね(^^)

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