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むすひ

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昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

(JAA)一般社団法人日本伝統芸術国際交流協会 日本伝統文化コーディネーター 黒田隆雄氏の言葉  その2 

Posted on  2013/12/06 Fri. 12:30   
前の日記で、黒田隆雄氏を民俗学研究家と紹介しましたが、 (JAA)一般社団法人日本伝統芸術国際交流協会で
日本伝統文化コーディネーター として活躍していらっしゃいしゃいます。
そして、平成24年度ポーラ伝統文化振興財団採択、愛知県奥三河地方「早川孝太郎の花祭」記録保存事業でご援助いただいて「花祭」についてまとめていらっしゃいます。今回は、「花祭」をこれらの写真とお話で紹介してくださいます。長年かけて研究されてきた、貴重な情報と写真です。ユーモアもあり笑いもまじえながらがらの講義で、先日はとっても楽しく勉強させていただきました。日本の将来を真剣に考え、大切なものを残そうとする純粋な魂と温かな人柄、取り組む姿勢や情熱に心打たれました。とっても素敵な方です(^^)


では、話のつづきを・・・

阿波踊りは踊る阿呆に見る阿呆という。見物人が舞うことはできない花祭だが、人を熱狂させる祭りに共通するように、一度見れば、たちまち虜になるはずだ。百聞は一見に如かず。とにかく見てほしいが、いらっしゃる前に予備知識となるようなことを少し書かせていただく。花祭は、楽しみやすい祭りで、奥三河の15ヶ所で開催される。だから、自分の日程の都合に合わせられる。日程と場所が決まれば、その花祭の情報を多く集めるとよい。開始時間と終了時間、交通機関、必要であれば宿泊施設などである。会場に仮眠所がある所もある。仮眠所があるのは、花祭は終夜の儀式だからである。祭りが最高潮に達するのは鬼の舞の山見鬼(やまみおに)、榊鬼(さかきおに)の登場だが、現われるのは深夜以降である。しかも、花祭の予定時間は大幅に前後する可能性が高い。途中で舞を挿(はさ)むこともある。一度にすべてを見るのが大変なら、今年は前半、来年に後半と分けるのも方法である。全体を見れば、花祭の理解がより深まる。会場に早く着けば、周辺を散策してみよう。神社と舞戸(まいど)が離れている地区なら、神社でお参りしてから、会場に行くといい。神社から舞戸に神様をお迎えする宮渡りの儀式を見ることができる。花祭は太陽光が弱まる季節に行われるので、当然寒い。車の場合は雪道用の準備が必要となる。祭が終了する早朝は道路が凍結していることや、大雪になっているときもあるからだ。服装はとにかく寒くないように準備しておくこと。寒さに震えていては快適に見物できない。食事は地元の方が売店を用意しているところもあるが、、無い場所もある。腹が減っては楽しめない。現地での買い出しは不可能であると考え、準備しておきたい。また、山間で携帯電話が通じにくいことも心得ておいてほしい。要は、厳重に防寒し、腹を満足させたら、花祭の世界にどっぷりと身を浸せばいいのだ。祭りに没頭すれば時空も乗り越えられる。携帯の電子音が鳴ったら興が醒める。中世には電灯も電話もなかったのだから。次に見物の作法に移ろう。どこの会場も見学者は快く迎えてもらえるが、花祭の運営には多額の経費が必要で、地元の方々が負担している。できれば、2、3千円を祝儀袋に御見舞と書いて会所で差し上げるとよい。そうすることで食事券や記念品をいただける場所もある。郷土食は現地ならではの楽しみで、とくに味噌仕立て具沢山のけんちん汁は美味しく、体も暖まって外の寒さを忘れて一息つくことができる。花祭の名物料理である。花祭は太鼓の音が基本で、それに合わせて舞いが舞われる。したがって手拍子は舞いの邪魔になるので注意が必要だ。見物の場所にも配慮が必要とされる。とくに子どもが舞う花の舞は、可愛さあまり多くの人が舞戸に入り、あふれることも多い。できるだけ自由に大胆に舞えるように、舞の邪魔にならないことを心がけていただきたい。深夜になって鬼が出てくると、鬼は鉞(まさかり)を振り回す。時に、鉞が頭にあたることがあるというから、見物の立ち位置には気をつけてほしい。酒もつきものだ。地元の方とさしつされつの交流も愉快だが、飲み過ぎには気をつけてほしい。寒さと昂揚で盃が進んで腰を抜かした人が何人もいる。神酒(おさけ)を楽しみたいなら車を利用しないこと。飲んだら乗るな、飲むなら乗るなは絶対に守ってほしい。徹夜になることが多い花祭見物では、帰途の運転が疲労困憊、瞼も下がって朦朧運転となる危険もある。一眠りしてからハンドルを握ってほしい。

☆西浦の田楽
「西浦(にしうれ)の田楽」は、旧暦1月18日に、月の出から日の出まで浜松市天竜区水窪(みさくぼ)町の西浦観音堂境内で行われる。折口信夫によって全国に紹介された。地元では「おまつり」「木の根祭り」といわれ、非常に厳しい自然環境の地域であればこそ、老若男女を問わず一年の最大の楽しみの場所であり、それは豊穣や豊作を神に祈ることでもあった。木の根を枕に男女が睦み合ったのだろう。伝説では養老3(719)年に行基(ぎょうき)菩薩がこの地を訪れ、観音像と仮面を奉納して舞いが始まったとされ、舞人は古来より世襲制が厳格に守られている。現在は17戸の能衆(のうしゅう)と、タヨガミというわれる少年2人を、別当祭主と舞い頭の能頭が率いて行う。舞は「地能」33番と「はね能」12番、田遊び・猿楽能を中心として舞われる。「はね能」のあと「番外」と「はらい」の神返しが緊張した早朝の空気の中で粛々と進む。西浦の田楽見物にはJR飯田線水窪駅からマイクロバスの送迎があり、鉄路で行くことができるが、運行本数も少ないため、事前に時刻表で確認しておきたい。車は元西浦小学校の駐車場までで、そこからは観音堂へは乗り入れできない。15分程度の坂道を歩く必要がある。会場は花祭のように施設内ではなく屋外、星空の下(晴天の場合だが)祭場になる。野外で一晩を過ごすのだから、防寒対策は必須。会場には売店や仮眠所はないので食事や飲み物も準備しておくことだ。夜通し焚かれる大松明(おおたいまつ)に冬の祭りの松明のありがたさが身にしみる。

☆新野の雪祭
折口信夫は雪祭狂いといわれるほどたびたび新野(長野県阿南町)を訪れ、「日本の芸能を学ぶものは、一度見る必要のある祭」と紹介した。田楽と呼ばれていたのを雪祭と命名したのも折口である。雪を稲穂の花に見立て、豊年を願う祭りである。毎年1月14日、新野の伊豆神社境内では田楽、猿楽、神楽、舞楽、田遊びなど古代芸能が徹夜で舞われる。民俗芸能の原点であり、折口と早川が訪れて以来、多くの研究者を魅了している。雪祭の名が示すように、雪だらけの祭りだ。とくに新野峠は積雪が多く、凍結の心配が絶えず、車の難所となる。祭りも雪景色の神社の境内、つまり屋外で行われる。十分な防寒対策がなければ見つづけられるものではない。しかし、新野は地元の方々が売店を支度してくれるのでありがたい。おでん、五平餅(ごへいもち)など、最高のご馳走だ。祭りは本殿で中啓の舞、宣命(せんみょう)、順の舞が終了すると午前2時過ぎに、乱声(らんじょう)乱声と庁屋の壁を叩き神のお出ましを催促する。一方、燈明の火を載せた「宝船」が綱を伝って大松明に点火される。さあ、庭の儀の夜田楽が劇的に始まる。笹で庭開きをすると「サイホウ」が飛び出す。続いてモドキ、競馬(きょうまん)、お牛、翁、松影、正直切(しょうじつきり)、海道下り、神婆、天(鬼様)、八幡と駒、鎮めと獅子、鍛冶、田遊びと中世の芸能が次々と繰り出され、空もすっかり明け初(そ)めた9時頃に終了となる。また、新野は、芸能の吹きだまりともいわれ、夏には雪祭とともに有名な盆踊りがある。折口の紹介で柳田國男が訪れ、特徴のある盆歌を整理したという。現在は、7曲が踊られている。楽器は用いられず、音頭とりと踊り子の掛け合いだけで4日3晩も踊り続けられるのだ。


つづく

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