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昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

東北へ(2013年)  その6(磐梯神社・猪苗代湖・伊佐須美神社・龍興寺) 

Posted on  2013/09/20 Fri. 09:39   
タイトルが「東北へ」なのに、東北に行く前に、その6になっちゃいました(笑)前置きが長い!?(o^-^o)
はい、いよいよ東北に辿り着きます。って言うか、前の日記で既に、福島県に辿り着いていましたね。ばんだい道の駅で車中泊した翌朝、山形県から来た女性と合流することになっていました。ブログを通して知り合ったのですが、まだ知り合って間もない方です。「昨年、東北に行った時、一緒に山に登りたかったのです!今年は、是非、一緒に登らせてください」っていいうメールをいただいたことにより、一緒に行動する事になりました。その彼女、明るくて、ハッキリものを言い、爽やか、聡明、頭の回転も速く、行動力もあり、パワフルで、芯がしっかりしていて、純粋で、多才で、とっても素敵な人なのです。こんな素敵な人と一緒に1日過ごせるなんて、すてき~~~(^^)とワクワクしながら♪スタート。まずは、磐梯神社でご挨拶。『今日は、よろしくお願いします。吾妻小富士でもお待ちしております。そなたたちを守り、導きいたします』と神々さまから温かいメッセージをいただきました。そういえば・・・この山形県の女性を見た瞬間から、コノハナサクヤヒメさまが重なって見えてたので、「コノハナサクヤヒメさまと何か深い縁がありますか?」って聞いたら「そうなんですよ。コノハナサクヤヒメさまは縁深くてね~やっぱりそう感じますか?」と、話を詳しく聞いてみるとやはり、山梨県出身で、富士山と強い縁がありました。

次は猪苗代湖で龍神さまに感謝の祈りを。そして、伊佐須美神社へ(岩代国一宮)。ここも予定地ではなかったのですが、行った方がいいという彼女のアドバイスに従い、行かせていただきました。車2台で行動していたのですが、私より前を運転していたはずの彼女がなかなか到着しない。道に迷ってるのかなぁ~~と心配しながら待っていました。到着した彼女「ごめん、ごめん、途中で神社に呼ばれちゃって寄ってきたの。そこから誰かがついてきて今一緒にいるのよ。誰だかハッキリわからないけど、連れて行ってほしいって頼まれて・・・」「(・・)誰?一緒に連れて行ってほしいと頼まれるからには、何か私たちと関係あるからであって・・・・・・でも、この神社で何か答えがもらえるよね?」ということで、参拝してから敷地内をウロウロ。そして、導かれたところは、御神木でした。その御神木の前で、答えを示されました。「龍興寺へ行ってほしい」と。一緒についてきたのは、なんと「天海」でした! もう私は、仰天(◎_◎) まさか まさかの密教僧! あの天海が!? 天海といったら、あの天海です。私にとっては縁深い。その御神木は、天海が植えた御神木だったのです。天海は、江戸幕府初期の朝廷政策・宗教政策に深く関与。徳川家康・秀忠・家光という江戸幕府草創期三代の将軍に側近として仕え、徳川300年の平和の基礎を確立するのに秘法をもって大きな力を発揮した、歴史的に名高い密教僧です。死後は、慈眼大師の名を下賜されています。史上、大師号を朝廷から下賜された僧は、最澄の伝教大師を最初に、空海の弘法大師、日蓮の立正大師など各宗派合わせてもわずか23人です。だから、天海がどれほどの僧だったのかわかりますよね。その天海が、お願いがある・・・ということでついてきた?(・・)一大事です!一緒に居る女性は、巫女として、神仏や植物なのどのメッセージを読みとることができる人だったので、読み取った後このようなことを言いました。「助けてください。解放してください・・・みゆきさんなら解放できるそうです。」と(・・)「えっ 何を!?」って感じで、そんな凄い方のために、できることってあるの!?」何をどうするのか? 何をやって欲しいのかを言わないからさっぱりわからないのです。でも、行くべき地は、ハッキリ示されました。「龍興寺」。そこは、天海の御両親のお墓があると判明で、ドヒャ~~~驚きでした。なんなんだ!? 天海の御両親のお墓で何をせよ?と言ってるの?とにかく、お墓に行ってみましょうということで墓参りに行く事になりました。お寺に到着して池に咲いている蓮の花に見とれていると、たまたま外に住職様と奥様がいらしていろいろお話することになりました。随分長くお話をした後、お墓に案内してくださいました。そして、お墓の前でもまた丁寧にいろいろなことをお話くださいました。天海の御両親は、この町で生まれ、天海もまたここで生まれ育ち11歳から4年間このお寺に居たこともわかりました。住職の話を聞きながら、天海の辛く悲しい想いが伝わってきました。なぜ天海が今私たちと共に御両親の墓の前に来たかったのかもわかりました。彼は、田舎会津の出であることを公に言えなかったことをとても心苦しく思っていました。父母に大変申し訳ないという想いを持っていました。辛かったし、それが言えない自分を責めてもいました。時代が時代だからできなかったとはいえ、申し訳ない想いは消えず、数百年たった今もそれが残っていました。この会津の地で両親の前で詫びたかったようです。最初の「解放してほしい。助けてほしい。」という言葉がよく理解できました。天海の想いが光で溶けるように、気持ちが楽になるように、天海と共に祈りました。その後、住職さまから、お茶を飲んでいきなさいと言われ、中に入りまたしばらくお話することになりました。愛深き住職様の天海を想う優しいお気持ちが天海の気持ちに同調してしまって、魂が苦しんでいたので、天海と共に解放されますように、光に包まれますようにとお祈りしました。

福島県に入ってから、寺 寺と自分の中で響き、寺に行かなければ! と強く感じていたので、福島県に着いてからも真夜中にネット検索していたのです。お寺に行かなくちゃいけないけど、いったいどこの寺なのか? 具体的な名前で届いてきたのならわかるのですが、名前は来ないので、わからなくて・・・。福島県のお寺でご縁あるところは全くないし、だいたい知らないし・・まっ、でも結局そのお寺に導かれることは天の存在はわかっていたから、名前は教える必要ないと判断されたのでしょう。無事に行く事ができてよかったです。

この世に体あり生きている魂も、体なくなりあちらの世界にいる魂も、全ての命が癒され光に包まれ、ひとつになり、良き地球を創っていけたらいいですよね(^^)

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※ウィキペディアでは・・・
龍興寺(りゅうこうじ)は福島県大沼郡会津美里町にある天台宗の寺院。山号は道樹山。848年(嘉承元年)慈覚大師円仁の開山と伝えられている。徳川家康のブレーンとして権勢をふるった天海大僧正が得度した寺ともいわれており、境内には天海の両親のものと思われる墓も存在している。しかし、天海と龍興寺、かつ当時の会津領主・蘆名氏を結びつける史料は存在していない。そのため、天海が当地の出身で龍興寺ゆかりの僧であるという話は伝説の域をでていない。

・・・と書かれていますが、天海が直接、龍興寺の御両親のお墓に導いてくださり、会津出身ということを言ってきてるので、私の中では天海は会津出身です(^^)
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カテゴリ: 東北(2013年)

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