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むすひ

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昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

4月14日~の旅  その4 (高野山) 

Posted on  2013/04/26 Fri. 14:31   
高野山2日目は、壇上伽藍始め、金堂・大塔・西塔・・・など、8時間かけてあちこちで祈りました。第2日目も絶好調!と行きたかったのですが、この日は朝から体の調子がかなり悪くて・・・朝起きた時は、絶好調だったのですが、ある場所に行って祈った時から、おかしくなったのです。その後、立っていられない、歩けないという状態に。右の背中上部から腰にかけて斜めにもの凄い痛みが突き抜けて、立っていられない。あまりの痛みで地面に手をついてしゃがみ込む。しばらく休憩して、また歩こうとするのですが、数十歩歩いて、またしゃがみ込む。ベンチがあれば、そこに座り、石垣があればそこに座る。100メートル歩くのにどれだけ時間かかってるの!?っていうぐらいのスピード。いつもの私のスピードからすると、あり得ない、というスピードです。こんな状態ではありましたが、行かなければならないスポットは全部行って祈ってはきました。しかし、痛い! あちこち座って暇そうにしているから(ホントは顔をしかめる程痛くて息も絶え絶え辛かったのですが)いろんな方から声かけられ世間話もいっぱいしました。私は、もっぱら聞き役に徹してました。皆さん自分の人生のこと、大変だったことなど誰かに聞いて欲しいんですネ(^^)痛みのお陰で、いろいろな方の御心を受け止めることができお役に立ててよかったです。この痛みの原因は、なんとなくわかってはいたのですが、その日は『立里荒神(たてりこうじん)』に行かなければならなかったので、そのままそちらに向かってしまいました。立里荒神(荒神社)は、奈良県吉野郡荒神岳の頂上にあり、空海が高野山を開山する際に勧請したとされる神社です。

《三宝大荒神略縁起》案内版には以下のように書かれています。

大和国吉野郡池津川の南に当りて海抜四千二百余尺の高峯荒神ヶ岳という所に三宝荒神の御社あり。本地は阿弥陀如来ましまし当所の鎮守なり。 抑も当社の由来を尋ぬるに弘法大師御勧請の霊神と申伝うるなり。 往昔人皇五十二代嵯峨天皇御宇弘仁七年、大師高野山伽藍を開基し給う思召にて初めて御登山これあり。今の檀場にて地鎮の法を修行し給う時、俄かに天地振動し東の方より黒雲たなびき其中に異類異形の夜叉神顕われて大師の御建立を妨げんと種々の障碍をなしければ、大師暫く修法を止め、汝は何者ぞと問い給う。夜叉答えて曰く我はこれ荒神ヶ岳に住む神也、我別に神体なし、汝は則一切衆生本有倶生障(しゅじょうほんうぐしょうく)の惑貪瞋痴(わくどんしんち)の三毒にして一切衆生の善根功徳を障うる神なり我に九億九万八千五百七十二神等の眷属ありて、衆生の悪業力に因って、彼の眷属を不信心の家に遣し日々に七難を起し夜々に七福を滅して貧窮無福の人となさしめ、一切の善事を障うるなり。若し衆生有て、勇猛精進にして種々の供具を備え、一心に我を祭らば速に本に帰し三宝荒神と現じ一切の障碍悉く消滅し一切の諸願立所に満足せしめん、七難即滅七福即生は我第一の誓願なり、汝先我を供祭せば必ず大願成就すべしと云えり。依て大師無二の信心を凝し一枚の板に三宝荒神の御像を画きて本尊となし、一七日の間荒神供を御修法ありて、伽藍繁栄、密教守護の祈誓をなし給うて、檀上の鬼門に荒神の社を勧請あり。而して後に大伽藍を御建立ありけるに何の障もなかりき、故に大師御一生の間は、毎月当山にご参詣ありしとぞ。其後第二祖真然僧正を始めとして、代々の高僧各意願ある方々は参詣ありけるに諸願満足せざる事なし。


参拝終わり、帰ろうとした時、ちょうど年配の女性と男性が登ってきました。「こんにちは~(^^)」とすれ違った瞬間、その女性の発している氣に反応。お~~~ものすごくいい氣を発してるなぁ~(^^)と、帰れなくなってしまいました。で、そのままその方が階段を登って行き祈る姿を見ることに(^^)お賽銭入れて、祈り始めたその瞬間、「お~~~やっぱり思った通り、プロだわ!」見事な祝詞とお経を唱えました。せっかくなので、後ろで再度頭を下げてお祈りさせていただきました。祈りが終わり、その彼女に話しかけました。さっき挨拶した瞬間に、神事を本格的にやってるプロだと思ったことを告げたのですが、彼女も同じく感じ取っていたようでした。金峯山寺で何年か修行をされた尼僧さまでした。服装は、かわいいブラウスを着て普通の格好をしていて尼僧さまには見えないのですが、やはり、発している氣は正直、一切誤魔化すことはできませんね。空海とかなり縁が深いと仰ってた彼女、突然何を思ったのか?「龍神村の難陀竜王(なんだりゅうおう)のところに行ってください。」と(゚゚)。ここで、次の行き先が決まってしまいました。全く、予定地に入ってなかった方向に導かれることになり、そのまま龍神村に向かうことに。でも、立里荒神から結構遠いんですよ。でも、これもお導きだからということで、流れに任せることに。龍神温泉の近くにご鎮座される難陀龍王様のところに夕方到着、参拝。龍神温泉は清流・日高川の渓谷沿いにある山峡の温泉で日本三美人の湯のひとつ。島根の湯ノ川や群馬の川中と並び名湯として知られているそうです。開湯は約1300年前、龍神の地名は空海が難陀龍王(なんだりゅうおう)のお告げによって浴場を開いたことによるそうです。行ってみれば、やっぱり空海の御縁でした。せっかくなので、空海が開いたという温泉に入ってきました。とってもいい湯でしたよ~(^^)

そんな流れで過ごした1日。はてさて?次はどこに?龍神村まで来たからには、次は熊野本宮大社です。夜のうちに移動し、その夜は熊野本宮大社の近くで車中泊。次の日は、熊野本宮大社⇒玉置神社⇒天川大弁財天⇒金峯山寺蔵王堂⇒金峯神社⇒水分神社⇒如意輪寺(後醍醐天皇陵)という流れで。そういえば、如意輪寺で嬉しいいサプライズがありました。吉野山に行くと、いつも会える女性がいるのですが、この方、場所もバラバラ、約束しなくても絶対に会えるという不思議な女性なのです。この日は、スケジュールいっぱいいっぱいで動いていて「今日は、会えなかったな~」なんて思いながら、最後の地である如意輪寺を訪れ、全てが終了したので、帰ろうとしていたのです。すると、薄暗い中、向こうから人が来る。こんな時間に参拝客はいないだろうから、お寺さんかな?
って思ってました。すれ違う時に挨拶をしようとしたら、なんと!なんと!その女性ではありませんか(◎_◎)お互いに驚き、なんで、こんな時間にこんなところに居るの!?家から遠いのに(その方の家と如意輪寺は遠く離れているのです)どうして!?って感じでした。その女性、たまたまこの日来たくて、たまたまこの時間に来たそうなのです。やっぱり、約束しなくても時間も決めなくても会えるのです。不思議としかいいようがない。吉野山広いんですけどね~。強烈にお互い引き寄せられるので、毎回驚いているのです。

15日に始まった体の痛み、16日も続き、丸二日間痛みに耐えながらの参拝。立っていられなくなり、何度も何度も座り込み、途中何度も断念して家に帰ろうかと思った苦しく厳しい旅でした。しかし、行けてよかったです(^^)終わってみると、今回は三つの『野』を繋ぐ祈りになってました。『高野』『熊野』『吉野』この三つの『野』。『みや=三野=宮』です。いい祈りの旅ができて本当によかったです(^^)

体の痛みがどこから来ていたのか?何からの訴えだったのか?は次の日記に記します。


毎日眺めている曼荼羅(胎蔵界)です。400体近い仏様が描かれていますが、お線香を焚きながら一体一体の名前を心の中で言いながら、その仏様の働きを感じたりしながら過ごす時間が好きです(^^)宇宙の全てが描かれている曼荼羅。心がとっても安らぎます。
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金剛界曼荼羅
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