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昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

神奈川県 その3 鎌倉宮・護良親王・後醍醐天皇 

Posted on  2013/02/02 Sat. 15:06   
お茶会の次の日1月31日は鎌倉宮へ行ったのですが、なぜ鎌倉宮に行くことになったのかの経緯をちょっと記しておきます。

まず、約半年前に遡ります。ある日「鎌倉」というキーワードがきました。ただ「鎌倉」と来ただけなので、どこに行くのか?そこで何をするのか?はさっぱりわからずでした。

そして、昨年の秋頃のこと。「護良(もりよし)親王」というキーワード。歴史に疎い私は「護良親王」と来ても、「それは誰???」という感じでさっぱりわからずでした。そして、調べることもなく時は過ぎました。

その後、昨年の12月26日奈良県吉野山で吉野神宮を(後醍醐天皇が祀られています)訪れた時のこと。「鎌倉 護良親王」と自分の中に響き渡り「あ~~~~そういうことなの!? 鎌倉と護良親王って繋がってるの!?」とやっとわかったのです。護良親王というのは後醍醐天皇の皇子だというのも知りました。しかし、帰宅しても、年末と年始の忙しさにまぎれてまた時が過ぎてしまうことに。

1月中旬ぐらいになり、ある日突然また「鎌倉! 護良親王!」って強く強く魂に響いてきました。あまりに気になるので、友達に電話したのです。「ねえ、鎌倉に行かなくちゃいけないみたい・・・」って言った途端、友達がいきなり笑いだして「あ~~~!! やっぱり、みゆきちゃんのところにも来た~!? 実は、今日友達が家に遊びに来ててね、鎌倉の話が出てたのよ~」と。やはり、彼女にも強くメッセージがきていたようです。


そして、1月26日に後醍醐天皇からメッセージが。




そなたたちには、いつもお願いばかり申して、申し訳ありません

ふたりが感じとっているように、今 この時を待っていました

どうか、鎌倉に行き 親王の思いを感じて欲しいと思います

親王も必ず そなたたちの力となってくれるでしょう

宮にも行って欲しいですが、親王は墓にいます

まだまだこれからという時に、死を覚悟したのです

やりたい事もたくさんあったことでしょう

争いは いたしかたなかった事と言えるほど、簡単な事ではありません

多くのものの思い、多くのものの命と、自分の思いと命を一つにしなくてはならないのです

無念な思いは、無念な命となってしまいました

親王は、自分のために力を尽くし、無念な思いを抱き、無念な命となってしまった多くのものたちに、心から詫びているのです

自分が情けないばかりに、多くのものを助けることが出来なかったと

でも、今になりやっと

それを憎しみではなく、愛に変えて返すものだと悟りました

この思いこそ、本当の願いなのです

憎しみや自分への戒めなどの思いが大きすぎて

でも、それだけの時間があったために、心から変わることが出来たのでしょう

どうか、力を貸してあげてください

我も共に参ります

親王もこれから、日本の為に力を尽くし

人々の為に心を尽くすと、強い思いを持っています

神あがりとともに

そなたたちの力となってくれます

行けたらお願い出来ますか

無理には、お願いしません

行ける時でかまいません

親王をよろしくお願いいたします

寒さがとても厳しいです

どうか、気をつけてください


後醍醐天皇より




鎌倉行き決定したところでメッセージ。重く受け止めました。

当日の様子はまた記します。

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