マイル換算率

むすひ

05« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»07

昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

いろはにほへと 

Posted on  2013/01/16 Wed. 18:54   
いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす

生の中に死有りて 死の中に生有る也

生を離れて死もなく 死を離れて生もない

則ち生死 元ひとつ いろはにほへと・・・神仏の響き(言の葉)也


いろははこの世の無常を歌った、はかなさいっぱいの歌です

涅槃経という仏教の偈(げ)=四行詩から来たものと言われてます


いろはにほへと ちりぬるを  「諸行無常の心也」  諸行の常なきことは匂へる花の風に散るが如く

わかよたれそ つねならむ   「是生滅法の心也」  我も人も常なるものなし 生ある者は必ず滅する

うゐのおくやま けふこえて  「生滅々己の心也」  因縁一時も止まることなく、和合して生じ、散りて滅す
               無為の涅槃の世界に入る心で、超えがたい有為の生滅の山を超える  

あさきゆめみし ゑひもせす  「寂滅為楽の心也」  涅槃の世界に入り生死の有為の法則(のり)を観ずれば浅き夢の如く、生死に酔うこともなし

いろは一音一音、言霊解釈すれば、天地開闢の理(ことわり)示す。同時に人間の生をも現わす。つまり、表面的には、無常という真実を知らしめ、裏で「生」を知らせている。始(し)は死(し)であり、いろは47音は生死元一(もといつ)成るが込められた神仏の響き(言の葉)である。

今年になってお寺ばかり行くことになり寺巡りをしています。(もちろん、今までの活動もやっていて神社なども行っていますが)自分が行きたいと思って行くわけではないのですが、流れに任せていると行かざるを得なくなってしまい、毎日あちこちのお寺に引っ張られて行くことになってしまってます。昨日も静岡県の法多山(尊永寺)に行っていました。ここは、高野山真言宗の別格本山で、私がよちよち歩きの時から何度も何度も連れて行かれた御縁深きお寺です。今年はたくさんのお寺に行くことになるな・・・という感覚はあったものの、毎日となると不思議でもありますが、たくさんの如来様、菩薩様、観音様、明王様、天部様など御縁いただき感謝しています。そして、図書館からは、仏教・密教・仏像・・マンダラの本がどっさり机の上に。暇さえあれば、仏像やマンダラを眺める日々です。そんな中で、突然「いろは」が神仏や自然と重なり合い、脳裏から離れなくなり、こんなブログになってしまいました。今日も、娘を駅に送っていくために車を運転している時、山や空がいろは・・・と重なって感じられ、娘に「ねぇ~あの空とか山見てると、いろはにほへと・・・って感じない!?」って聞いたのですが、娘はキョトン(・_・)ノーコメント。
いろはにほへと・・・とぶつぶつ運転しながら呟く、生きてるような死んでるような変な母は相手にされませんでした(・_・)

魂と体でいろは・・・感じていたら、なみだ溢れて泣いてしまいました。日本語ってやっぱり心で感じる深いものですね。

 

尊永寺
017_20130116191008.jpg
Check

カテゴリ: 未分類

[edit]

TB: --    CM: --

« 大天使エレミエル «  prev  |  next  » 須勢理毘売命 »

プロフィール

カレンダー

カテゴリー

最新記事

月別アーカイブ

むすひの本 完成    \(^o^)/

ブログ内検索フォーム

文字サイズ変更

PopUp Wikipedia Ⅱ

メールフォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

カウンター

pictlayer

うちのピーちゃん