マイル換算率

むすひ

08« 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»10

昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

水のような生き方 

Posted on  2015/09/03 Thu. 18:25   
ずいぶん涼しくなり過ごしやすくなりましたね。秋の虫さんたちの声がとても心地よく癒されます(^.^)

さて、7月に続いて8月も京都・滋賀県に行かせていただきましたが、この世に生きていらっしゃる方も天から見守って下さってる方も光のネットワークとして次々に繋がっていくことがとても有り難く嬉しく思っています。

京都での茶話会に参加して下さった皆様ありがとうございました!会場もあたたかな雰囲気で、木の机や木の器など、なんだかホッとする空間でした。そして、参加者様の中でお抹茶セットを持参、お抹茶を点てて下さる方もいらっしゃいました。京都で、心のこもったお抹茶をいただくのは格別ですね。素敵な参加者様に囲まれての茶話会、本当に楽しかったです。これも、いろいろな準備を前もってして下さった主催者のお陰と心から感謝しています。ありがとうございました!

当日の午前中も次の日も神事であちこち行かせていただきましたが、やはり地元の方々と一緒に地元の寺社で参拝させていただくというのはいいですね~♪

空海と親鸞の導きで足を運んだ場所も何ヶ所かあったのですが、家で旅のスケジュールを決めていた時のこと・・・
突然 『阿刀氏の元へ・・・』と、空海から。 『えっ!? 阿刀氏と言ったら、阿刀大足(あとのおおたり)のことよね? その人しか知らないけど・・・でも、おじさん、京都にいるの???』 って。(おじさんというのは、空海にとっての叔父さんということです。このおじさま、空海の母方の方で、朝廷において桓武天皇の子である伊予親王の侍講をつとめたり、空海にも経書や史伝などいろいろなことを教えていました)調べてみたら、阿刀神社も墓も京都にありました~\(^o^)/阿刀氏は物部氏の系列の氏族、始祖はニギハヤヒ様。 阿刀氏の出自が、国生みに直接深い関係があるニギハヤヒ様の直系であるということは、とても大きな意味がありますよね。ニギハヤヒ様の末裔である空海のお導きに感謝です。

東寺にも行かせていただいたのですが、御影堂(空海が住んでいたところです)の中でゆ~っくりしちゃって、気づいたら2時間半たってて、結局他はどこも拝観せずに終了(笑)東寺に行ったのにのなんにも見なかったの!? ですよね(笑)

あっ その御影堂に空海の言葉がコピーされておいてありましたので、ここにも載せますね。

『水は器(うつわ)に随(したが)って方円(ほうえん)なり』

水は入れも物によって、四角にも丸にもなります。置かれた場所にしたがうのです。川の水も、石とけんかせずにひょいひょいと流れていきます。石が行く手をはばんでも、水は少しも怒りません。水の方から負けていくのです。
しかし最後には、石の方が丸められていきます。水が「負けて勝った」のです。

水って全てのものを生かし、潤し、養い、争わず、溶け合い、たくさんのものを変えていきますよね。大きな力を持っていながら威張ることもしない。水のように柔らかな生き方をしたいですね(^.^)

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一人ひとりの身口意(しん く い)を立て直す 

Posted on  2015/09/04 Fri. 16:49   
人は大量破壊 大量消費により大切なるものを忘れ去る
地を削り海を埋め立て磁場を狂わせ 
天の恵みの自然と他の生命体との調和もできず
全ての循環を狂わせる
宇宙法則に沿わぬ行為は大きな危機として表面化するなり
神はひとりでも多くの魂を救おうとギリギリまで待たれる
人は弱くもろいもの
なれど光を強めどこまでも強くもなれるもの
罪穢れを持たぬ者はひとりもおらぬが
光なき者もひとりもおらぬ
神の子である人間 誰しも平等で同じである
異なるのは魂がどれだけ曇っておるかという違いだけ
己の内と向き合い 素直に反省し今を生かされておることに感謝せよ
宇宙のリズムに呼吸を合わせ調和して生きれば
あり余る程の恵みがもたらされようぞ
人よ
神は全てを見ておる
どんなに隠そうが取り繕おうが神は騙せぬ
人に悪波動を送るなかれ
波動は見えぬものなれど全てに伝わるものなり
様々な災害は世の為人の為
気づかぬ民たち いい加減に目を覚ませ
時は進んでおること忘れるでない
時は待たぬ
時すでに遅しとならぬよう 肝に銘じよ


※以下、友達からのメッセージです。

祈りと同様に、私たちの日々の生活での行いが重要です。自然に神が宿っていることを皆が思い出し、回帰せねばなりません。
日本国体と地球のために祈っている人達でさえ、競争や優越感のために大量破壊・大量消費のループから抜けずにいます。
世の立て替え・立て直しとは、私たち一人ひとりの身口意(しん く い)を立て直すことです。もうあまり時間がないのです。


身口意(しん く い)を立て直すとは、一切の行動、一切の言葉、一切の心を正しきものとするということです。
源還(げんげん)・・・源(みなもと)に還(かえ)る。源とは、さとりの本源、清らかな心という意味があります。地球の人皆が、源に還っていけますように(^.^)

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茶話会(兵庫県)平成27年9月27日(日) 

Posted on  2015/09/09 Wed. 22:11   
日時  平成27年9月27日(日) 13:00~17:00(受付12:30~)
 
会場  レンタルスペース 「うみくる」(←クリック)2階  兵庫県姫路市白浜町丙612

参加費  3000円

講師  トランブレーみゆき (Tremblay Miyuki)

定員  10名


『本来 人の魂は思いやりの心を持つ素直で優しき魂なり
我欲が苦しみ生みだし 素直に生きることを邪魔し
結果 自他ともに傷つけること多し
一切の執着持たず 我を張ることなく素直であれば
ぶつかり合うことないとわかっていても
素直になることできぬが人の感情の難しきところ
神にも素直に
人にも素直に
己にも素直に
何事にも執着せず 心身共に緩め素直に生きるは最高の幸せなり
不平 不満 不幸の原因を己の外に責任転嫁するなかれ
己の我の強さこそ 不幸を招くこと悟れよ』

茶話会では、今までの経験から得た学びや神事などについてお話ししますが、私が一方的にお話しするのではなく、皆様の質問・意見などを交えながら参加者様と共に会を進め、集った人全てがお互いに学び合い、楽しく有意義な会としたいです。 縁ある皆が素直な気持ちで魂と魂 触れ合いながら あたたかな交流ができたらいいなと思っています(^.^)どうぞよろしくお願いします。

☆今回の茶話会、姫路市在住のとっても素敵な女性が企画して下さいました。当日ご紹介しますね(^.^)

お申し込みは、トランブレーみゆきまでお願いします。

powerful_tremblay☆yahoo.co.jp
(☆を@に変えてください)

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トランブレーみゆき講師の出張による茶話会も承っております。

日本各地からの主催依頼ありがとうございます! 主催される方のお仲間だけでお部屋がいっぱいになる場合はブログでのお知らせをしていませんが、あちこち行かせていただく機会が多くなっています。
これからも 茶話会を日本の各地で開催出来たらと思っています。

《主催にあたって》

その際の『不可条件』

・主旨を御理解頂けない環境であったり、あまりにも波動の悪い環境
・時間的・距離的・金銭的に難しい場合
・政治団体・右 左翼団体・暴力団関係者等の企画
・天候不順等で交通機関が動かない場合

☆主催者様からは参加費はいただきません。そして、主催者様とは茶話会の当日の午前中または次の日か前日、開催地近辺の神社などを一緒に参拝できればと思っています。(主催者様の御都合がつき希望がある場合は)

☆遠くの地の場合、交通費などを考慮した上で参加費設定をお願いしたいと思っています。

これらを考慮いただきました上で、茶話会主催をして下さるという方は、お手数ですが以下までメールをいただけたらと思います。

powerful_tremblay☆yahoo.co.jp  トランブレーみゆき

(☆を@に変えてください)

茶話会のお申し込み 及び 出張茶話会のお問い合わせのお返事は、ご神事などの都合により、5日前後のお返事となりますことをご了承ください。

出会った人たち皆がお互い学び合い、光を引き出し合い、楽しい場となればと思っています。
御縁ある皆様にお会いできますことを心から楽しみにしております。どうぞよろしくお願い致します。

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カテゴリ: 茶話会

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あふれるほどの笑顔と愛を 

Posted on  2015/09/10 Thu. 09:40   
人は傲慢さを失くし 光輝くためにこの世に生きる
己の物差しで人を測り それに当てはまらなければ 非難 否定 排除したり
己と他とを分離して見るが そが光を消し去り闇を作る
人は本来全ての存在に対し 慈しみの心や恵みの愛を持ち 
光を与え与えられ 慎ましく生きていいくもの
運命とは 己と家族や周りの者たちの想いと行いの結果なり
いつも良き心で生きておれば 良き波動の中で心身共に育まれる
人が在る
在るだけで光を与え与えられている
愛を与えられた者は 愛を蓄え いつしかあふれるほどの笑顔と愛を与えることができるだろう
心の蓄えは愛のみでよい
たくさんの愛を蓄え 周りに笑顔と愛を
人は光
そなたの光 永遠なり

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数と言とは密接不離 

Posted on  2015/09/12 Sat. 12:37   
天地(あめつち)の初発(はじめ)の時 天地開闢(てんちかいびゃく)と共にに生じた 「名」
「名」は創造なり
「名=言霊」が凝り固まって「名る」
それは 「成る」こと
そして 「生る」であり 「鳴る」
「形(なり)」でもあり 「業(なり)」でもある
「な」の一音は創造・名称・生成・音声・形態・行為の全てを表象
言霊で「な」というのは 「押止る霊」 「押し留定むる也」 「押鎮まる也」 「万を兼ね結ぶ也」
混沌たる無限定の状態を限定して、一定の形に凝固させる力を持つなり
「名り・成り・鳴り・生り・形・業」


名前は数を文字に置き換えたもの。宇宙のありとあらゆるものは、数によって構成されています。神道でも「古来我が国の数と言とは、密接不離の関係におかれており、数の裏には言が、言の裏には必ず数が隠されてある」と言われています。古神道の「天津金木(あまつかなぎ)においても、言霊だけではなく数霊も重要だと捉えています。天津金木というのは、宇宙の秘機をうかがい、天地を動かす術法ですが、これを使えば、天地開闢のあり様から生成化育する宇宙の進展の様相・宇宙に働く根本玄理・森羅万象、わからぬことはないと言われています。
「数」というのを辞書で調べると「運命」「定め」と書かれています。人間の一生も生年月日に始まり、数によって支配されています。名前も数で波動が決まり、いつもそう呼ばれることで自己形成していきます。名前の通りの人になり、名前の通りの人生を歩んでいくということ。もちろん一人で生きているわけではないので、他者の運命波動や環境波動とも感応して自己形成します。
そのように考えると、自分がどう呼ばれているのかとか、人をどう呼ぶのかというのは大変重要なことであると思います。そのような人間になっていくわけですから。
だからこそ、人の名を呼ぶ時は、愛と心をこめて、あたたかな気持ちで呼んであげたいですね(^.^)



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神我一如 

Posted on  2015/09/15 Tue. 20:09   
森羅万象一体 神我一如なり
親なる神が我々人間を産み育て給うといふ考えは まだまだ底浅き捉え方
神我一如の一体観こそ惟神に立て給ひし道なり
御霊の曇りなくなれば 直ちに天の働きそのものの実相示現される
事有れば必ず言有り
言有れば必ず事有り
言は事であり神である
それ故 汚き言葉使うは神への冒瀆なり
発した言葉は響きとなり森羅万象全てに影響を与える
今言葉乱れたるこの世
言霊の神の怒りは凄まじき
言葉は本来 人を清め調和し円満に生きるために与えられた
なれどその有り難き言霊をどこまで汚すのか
悪しき言葉は凶器となり突き刺さりて 人の魂も己の魂も傷つける
言霊は神の祈りであり意思である
美しき言霊は 信頼 絆を強め 大きく和を拡げ美しき世を創り出す
その和を拡げることこそ地球立て直しの今必要な事なる
美しき言霊発して生きるは 天地の氣を受け霊力 威光を顕現し自ずから如意自在の人生となる
神性曲げ汚すことなく磨き 神我一如の自覚持ち生きるが肝心なり

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茶話会(愛知県)平成27年10月10日(土) 

Posted on  2015/09/20 Sun. 22:26   
日時  平成27年10月10日(土) 13:00~17:00 (受付 12:30~)
 
会場  愛知県岡崎市(トランブレーみゆき宅)
※詳しくはお申込み時にお伝えします。

参加費  3000円

講師  トランブレーみゆき (Tremblay Miyuki)

定員  10名

『四季与えられし日本民族は 和を尊び穏和で 調和の中で生きることができる民族意識高き民族なり
四季折々の風物・食物は 魂・心・体を癒し浄化し秩序ももたらす
なれど現代その四季は乱され 人々の感性にも狂いを生じ 本来の日ノ本の民の役割果たせず
四季の乱れ 人々の我欲と魂汚れた結果なり
四季の恩恵に感謝し循環正す努力をすべし』

春は春らしく 秋は秋らしい装いを心がけ、庭で季節の花を育て、家の中にも季節の花を飾り、旬の食材をできるだけ食事に摂り入れ、季節の行事を大切にしたいものです。

茶話会では、 私が一方的にお話しするのではなく、皆様の質問・意見などを交えながら参加者様と共に会を進め、集った人全てがお互いに心溶け合い、学び合い、絆を深め、楽しく有意義な会としたいと思っています。縁ある皆様と秋の一日を楽しく過ごしたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します(^.^)


お申し込みは、トランブレーみゆきまでお願いします。

powerful_tremblay☆yahoo.co.jp
(☆を@に変えてください)

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これからも 茶話会を日本の各地で開催出来たらと思っています。

 トランブレーみゆき講師の出張による茶話会も承っております。

その際の『不可条件』

・主旨を御理解頂けない環境であったり、あまりにも波動の悪い環境
・時間的・距離的・金銭的に難しい場合
・政治団体・右 左翼団体・暴力団関係者等の企画
・天候不順等で交通機関が動かない場合

☆主催者様からは参加費はいただきません。そして、主催者様とは茶話会の当日の午前中または次の日か前日、開催地近辺の神社などを一緒に参拝できればと思っています。(主催者様の御都合がつき希望がある場合は)

☆遠くの地の場合、交通費などを考慮した上で参加費設定をお願いしたいと思っています。

これらを考慮いただきました上で、茶話会主催をして下さるという方は、お手数ですが以下までメールをいただけたらと思います。

powerful_tremblay☆yahoo.co.jp  トランブレーみゆき

(☆を@に変えてください)

茶話会のお申し込み 及び 出張茶話会のお問い合わせのお返事は、ご神事などの都合により、5日前後のお返事となりますことをご了承ください。

出会った人たち皆がお互い学び合い、光を引き出し合い、楽しい場となればと思っています。
御縁ある皆様にお会いできますことを心から楽しみにしております。どうぞよろしくお願い致します。

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便利さ 

Posted on  2015/09/22 Tue. 16:38   
文明の発展の歪み 今この世に次々に表れる
便利なる物品で溢れるは人間の知恵深き故であるが
便利さと共に失いしものいかに多きことか
宇宙の理に適う文明なれば 文明栄え便利なるは悪しきにあらず
大難となる前に 文明の過ちに気づき改めるべし


以前よく交流していた友(ある日突然、光の世界に還ってしまいました。)との会話から 「便利さ」について。

「便利さ」の時代となり、ほとんどの人々がインスタント感覚に成っている。他者の手により、予(あらかじ)め用意された物を、自分自身は簡単に少しだけ手を加えて利用する事に慣らされて来ている。大半が他者の手になる物なのだが、最後に利用したものが、「まるで自分が用意した」かの錯覚に、陥り出している。
「便利」とは「他者の業功(ぎょうこう)を、自らの都合に利用する事なり。」と云う観である。しかし、そもそも「便利」とは「大小便等の排泄物」を云う。つまり、「大小便」その物を指す。本当に良い栄養分は、既に身に吸収された後の「かす」や「毒素」や「汚れ」なのである。率直に言って「残りカス」である。「便利」は「堕落の素」ともなる。造る喜び、「準備し、手を加え、心を注ぎ、他者を喜ばせる事を、自らの愉(たの)しみとすること。」は、、「便利の単なる受益者」には味わうことはできない。「喜び」は、「与えられたるもの」の感覚であり、「愉しみ」は「自らの行為を振り返り、見つけ出した価値ある意義」から生ずる「一種の諭(さと)り」である。「喜びは感覚」「愉しみは諭り」である。この与えられた「喜び」は、奪われたり途切れたりすると「怒り」に変わる。そして更に、「哀れ」な惨めさに変貌する。精々(せいぜい)、与えられている内が「楽」なのである。
「喜怒哀楽」とはこの事を言う。「喜(き)」が変じて「怒(ど)」となり更に「哀(あい」」となる。
与えられたる内のみ「楽(らく)」なり、である。
「愉しみ」は、苦労した過程その物の味わいが醸し出すもので「諭り」に近い。「行者の歓喜(かんき)」である。同じ与えられても「自ら勧(すす)んで行(ぎょう)じた、健全な尊い汗」に対する「天からの御褒美」なのである。
「便利主義者」には味わえない心持ちである。「喜び」は変じ易い。「愉しみ」は心身の奥深く滲み入り消える事がない。「愉しみ」は「魂」が受けるのである。時には「喜び」を受けさせて頂く事も要るだろう。それにより、「生かされる」事も多いのだから・・・。だけども、実は「有り難い」事なのである。「有り難さ」が無くなると「貪(むさぼ)り」に変わる。一旦、貪り出すと人は更に、更に・・・と、止(とど)まるところを知らない。「人」と云うものは「利用」するばかりで、「更に」、「更に」、・・・と言い出す。これを「便利」と言う。「愉しみ」の得られない「カスの喜び」なのである。 


彼も私も便利な世の中の全てを否定しているわけではありません。確かに便利なものは便利で,、ありがたく利用させていただいています。ただ 何もかもがそういう便利なものばかりになっていくと 便利さは堕落の素となり 努力をしないようになります。便利さばかりに頼ることないように 今一度自分の生活・生き方を見直してみたいと思います。

便利なる生活は物事の真実・本質を見極める目を曇らせる
この世には善と見えるが悪のもの 悪と見えるが善のもの多し
常に己正しき善なりと思いこむは道を誤つ元
中道の精神で謙虚に生きるが肝心なり

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お彼岸 

Posted on  2015/09/23 Wed. 11:00   
「つきぬけて天上の紺曼珠沙華」 山口誓子

お彼岸・・・インドや中国や東南アジアでは春分の日や秋分の日に先祖のお墓まいりをするという習慣はありません。つまり、お彼岸というのは仏教の行事ではなく日本だけのもの。 自分も10年ほど前までは知りませんでした。
日本はもともと農業を大切にしている国で農業が中心でしたよね。お米を作る日本人にとって太陽ほど重要なものはないです。だから、昔から太陽に対する信仰があって、「今日も太陽が東から昇って西に沈みますように・・・そして太陽のめぐり合わせで春夏秋冬がきちんと訪れますよ〜に!」とお祈りしてたわけ。それで、太陽が真東から昇り、真西に沈む春分と秋分はとても大切とされてて、その日をはさんで、前後3日間は太陽をお祀りする習慣があったそうです。だから、昔は、仏教行事ではなく農業のための神事だったということなんです。 仏教では極楽浄土は西方にあるって言いますよね。真西に太陽が沈んで、その先に浄土がある・・・って考えて、先祖の供養をするようになりました。 ということで、お彼岸はご先祖様だけでなく太陽に感謝しお祈りしましょう〜ね。
本当はお彼岸だけお祈りするのではなく、毎日、常に太陽にも先祖にも周りの方々にも感謝の心を持って日々すごしたいですよね!

あっ! お彼岸には、やっぱり ぼたもち&おはぎですよね(^.^)
ばたもちとおはぎの違いって知ってますか? 
春のお彼岸・・・ぼたもち
秋のお彼岸・・・おはぎ
何が違うのか?というと、こしあんか粒あんかの違い。 
小豆の種まきの時期が4~6月で収穫が9~11月。 春のお彼岸まで保存していた小豆は皮が固くなるので、皮を取り外してこしあんにし、秋のお彼岸は、新鮮で皮も柔らかなので粒あんとして食べるのです。ぼたもちやおはぎが何故お彼岸に食べられるようになったのかは・・・小豆は、元々中国で漢方薬として使われていたそうですが、それが江戸時代に日本に入ってきたそうです。その当時、砂糖も高級品。そして、昔から赤い色というのは魔除け効果があると信じられていたので、小豆は邪気を払うという意味で、御先祖供養として大切な日にお供えしたり大切な人への食べ物として作られていたそうです。

お米とあんこの二つのものを合わせることで、御先祖様と「心」と「心」を合わせるという意味もあるようです。
お彼岸だけでなく毎日御先祖様と心を合わせ感謝の想いを伝え共に生きることができるといいと思いますが、お彼岸という節目の日におはぎをお供えして、心を合わせ感謝の想いをお伝えできるといいですね(^.^)

赤色の効果ということで、おめでたい時のお赤飯についても記しておきます。

『和の知恵(by 藤野紘)』から 

米というと、一般的には真っ白い白米を想起する。しかし、現代まで受け継がれてきた伝統的な米がもうひとつある。赤飯である。日本では、めでたい席などに臨む際、いまでも赤飯を炊いてお祝いする習慣がある。結婚式や出産祝い、七五三といったお祝い事には、赤飯は欠かせない。赤飯は、白米をわざわざ小豆といっしょに炊いて赤く染めている。赤は、日本人にとってはとても縁起のよい色だった。真っ赤に燃える太陽をイメージさせ、燃えるような気分になったり、幸福感を感じていた。そのため、赤色のものは魔除けになると、いつしか日本人のあいだで信じられるようになった。小豆と合体させて米を赤く染めることは、幸福を招き、縁起がよいとされたのである。しかし、赤飯をつくるのは魔除けの意味だけではない。日本人は、米は白いと常識的に思っているが、世界の米を調べてみると、米は大きくふたつの種類に分けられる。おなじみの丸くて白いジャポニカ種と、熱帯で穫れる長くて赤いインディカ種だ。縄文時代に日本にはじめて渡来してきた米は、このインディカ種とジャポニカ種の中間で、「赤米」とよばれるすこし赤みを帯びていたものだったという。この赤米は、豊臣秀吉がこの世を去るころまで、日本人のあいだで食されていた。こうした歴史の経緯から、日本人は赤い米に特別な思い入れをするようになった。日本の土地を守り、耕し、歴史を築き上げてきた先人たちが食べていた赤い米は、脈脈とつづいてきた日本の歴史を受け継ぐ食物なのだという気持ちである。儀式やお祭りを執り行うときには、古代の人たちが食べた赤米を食べて、古きよき時代を演出する。つまり、小豆を使って白米を赤くするのは、古代の色を再現しようという和の知恵だったのである。
おめでたいときに赤飯を食べるのは、縁起のよい色の米を食べてお祝いするだけでなく、信仰的な意味合いから、古代を演出して、古き良き時代を懐かしむ、われわれの祖先に感謝するという意味がこめられていたのである。

お赤飯の印象が変わりましたか?私たちの御先祖様への感謝の意味が含まれているのです(・。・)
お赤飯を食べる時、お祝いの気持ち そして 御先祖様、日本を支えてきて下さった全ての方々に感謝していただきましょうね。

今日は、おはぎをお供えし、御先祖様と一緒に秋の一日を楽しみたいと思います♪(^.^)おはぎ、楽しみ♪♪♪私、粒あんが好き(*^_^*)




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お庭に咲いてる彼岸花(^.^)
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