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むすひ

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昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

神賀詞(かむよごと) 

Posted on  2014/01/06 Mon. 10:51   
昨年末からずっと出雲と伊勢のことを考えていたのですが、ふと歌が思い出され、日記に書こうかどうかと迷っていました。グズグズしていたら神様から後押しされてしまうようなドキッと(゚゚;)することがあったので、やはり記しておくことにします。

『年のはじめのためしとて
終わりなき世のめでたさを
松竹たてて門ごとに
祝ふ今日こそたのしけれ』

皆様も御存知の一月一日の歌です。皆様は、この歌をどんな気持ちで聞いたり口ずさんだりしていますか?
私は、天の神々も国民も何の区別もなく区切りもなく全てが一体となり心ひとつになる姿を感じ、魂にじ~~んときます。出雲大社の宮司様も仰っていますが『神賀詞(かむよごと)』の精神の再現となったのが、この歌。

宮司様がわかりやすく本に(出雲大社 学生社 by 千家尊統) 記していますので、抜粋します。
『賀詞(よごと)とは吉事とも吉詞とも、あるいは寿詞とも書いて、すべてこれをヨゴトとよむのが古くからの読みならわしである。ヨゴトというのは、吉凶の吉の「よし」という詞の語根ヨと、コトバのコトという語との合成語であって、その詞章を述べると言語霊(ことだま)のはたらきで、吉事慶事が相手かたの上に生ずるのだという、こういう考え方の上に成り立つ詞章である。この賀詞をば寿詞という文章であらわす場合があることからもわかるように、賀詞は多くは長寿を祝い、かついよいよその寿の長からんことを祈る、ということが多いのであるが、この出雲国造の奏する神賀詞の焦点も、またじつにここにおかれているのであった・・・』

『出雲国造の神賀詞奏上は、歴史の上では元正天皇の霊亀2年(716)2月にはじめてみえてくる。出雲臣果安(はたやす)のときである。果安は「出雲国造伝統略」によると、第24代国造であり、その子広嶋は「出雲国風土記」を撰進している。そして仁明天皇の天長10年(833)4月の、国造豊持までこれを跡づけることができるが、中古以来、歴史の上ではいつしか絶えてしまった。そしてこれが復活したのは、豊持からは一千余年の後、第79代国造尊澄(たかずみ)のときであった。このことは、明治維新のあわただしい世の推移とともに、また行われなくなった。しかし、尊澄国造の嗣子、第80代国造尊福(たかとみ)は文部大臣子爵井上の要請により、一月元旦のよき日にあたり、国民のすべてが御代のめでたさを歌う「一月一日の歌詞」を作った。このことは、いわばこの神賀詞の精神の再現ともいうべきであった。明治26年8月12日官報3037号付録に「小学校ニ於テ祝日大祭日ノ儀式ヲ行フノ際、歌用ニ供スル歌詞」として公布されたその歌しらべは、その作曲は明朗にしてのびやかであり、いかにも新春にあたり、御代の長久を寿ぐ歌として、ふさわしいものであった』

『 「延喜式」の式部式をみると、出雲国造がこの神賀詞を奏する日は、諸司廃務がとくに規定されているのが注目される。廃務とは有司百官が政務をとらないことで、国の吉凶の大事件のときに行われる措置である。そして出雲国造の神賀詞奉献の式は、天皇が大極殿に出御されて、これを受けられるのがきまりであったのであるから、いかに国家の重大な儀式と考えられていたか知れるであろう。神賀詞奏上がこのように国の大事であったということは、ひとり平安時代の場合にかぎらず、奈良時代からその通りであったことは、神賀詞奏上の記事が初めてでてくる、霊亀2年2月の記事にも「この日百官斎す」と『続日本紀』に明記されていることからも察せられるところである。この出雲国造の神賀詞奏上が、かくも重大な神事と見なされていた理由は、どこにあったのだろうか。その賀詞がひとり出雲国造の奏する賀詞であるにとどまらず、この賀詞が神賀詞といって、とくに神の字を冠するところからもわかるように、国造の躬を通して、出雲の神が天皇(すめらみこと)に奏すのだ、と考えられていたところに、第1の理由が求められるのである。すなわちこの神賀詞の「神」という字は、たんに神聖という意味の形容詞ではなくて、文字通り神の奏すところの賀詞であったのである。国造が1年間斎い奉った出雲186社の神々、とくに熊野に坐しますクシミケヌノミコトと杵築の大宮に鎮座する大国主神が、天皇に奏す賀詞であったために、朝廷ではこの奏上をとりわけ重視し、大切な神事としていたのである。出雲の神の神威の高さが思いしられる御儀であるが、そのことはひいては、出雲国造のもてるところの宗教的権威の高さということにもなるであろう』

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