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むすひ

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昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

あけましておめでとうございます 

Posted on  2014/01/01 Wed. 13:19   
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。2014年が、皆様にとって充実した素晴らしい1年になることを心からお祈りしています。

今年も、たくさんの人と交流し、たくさんのことを学ばせていただきたいです。御縁ある方々と支え合い、愛し合い、癒し合い、お互いの光を引き出し合いながら楽しい日々を過ごしていきたいと思っています。

今日は、いつもよりちょっと遅い起床。昨日作ったおせち料理とお雑煮(両親が長崎県島原市の出身なので、島原風のお雑煮です)を用意し、御神酒で乾杯。その後、コタツでゆ~~~っくりの時間を過ごしています。

昨日今日 とめちゃくちゃたくさんのメールをいただき、嬉しく感謝の思いでいます。そして、『新年会やりませんか?』のメールに反応して『うん、やろう! やろう! 今からやろう!!!!』ってさっき突然決まって、今友達が家に向かってます\(^▽^)/1月1日から、楽しいこといっぱい。わ~~~~いです。お近くの方よかったらどうぞ(^^)。楽しくお酒飲みながらパーティーやってます♪♪♪

あっ 昨年12月に神様から『来年は、もっと厳しいぞ! 覚悟して欲しい!』とメッセージいただきました。今年のがもっと厳しいのは承知しているのに、改めてこう言われると、やはり厳しいんだね・・・と覚悟しています。昨年までは、かなりスローな動きだったし、もっとやりたいという想いを抑えゆっくりモードでしたので、今年は、もうちょっと勢いを増せるのかな?(o^o^o)とにかく全力で頑張ります。

では、みなさまも楽しいお正月をお過ごしください♪

愛を込めて

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神様からのメッセージ 

Posted on  2014/01/02 Thu. 21:05   
2014年 第2日目。神様からお呼びがかかったので、今日から活動開始でした(^^)愛知県の神事仲間が一緒に行ってくれることになり、数ヶ所で参拝。

最後は、三河国一之宮。標高789メートルの霊山であり御祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)様です。途中、大己貴命様だけでなく、全く予想してなかった大神様からもお呼びがかかっているということがわかり、いったい何を告げられるのか?と、さらに気を引き締めた状態で向かうことになりました。

奥宮で大己貴命様にご挨拶をすると、今度は天岩戸神社へ来るようにと告げられました。

真剣に向き合いました。完全に、2014年の流れとか 神事についてのメッセージが降ろされるに違いないと信じて疑わなかった私。メッセージが伝えられた時は、あまりに意外なメッセージで『え!? (・・)』って感じでした。メッセージは、以下です。

『人々を愛に目覚めさせるためにはどうしたらいいかわかるか? みゆきはどう思う?』です。まさかこんな質問が来るとは予想もしていませんでした。しかし、すぐに私の中にある答えを神に伝えました。私の答えはここでは書かないことにします。皆様も神様に同じ質問をされたらどのように答えますか? 御自分の魂に問いかけそれぞれ考えていただけたらと思います。

他にもいろいろなメッセージをいただきました。今日の素晴らしい一日に感謝しています。

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神賀詞(かむよごと) 

Posted on  2014/01/06 Mon. 10:51   
昨年末からずっと出雲と伊勢のことを考えていたのですが、ふと歌が思い出され、日記に書こうかどうかと迷っていました。グズグズしていたら神様から後押しされてしまうようなドキッと(゚゚;)することがあったので、やはり記しておくことにします。

『年のはじめのためしとて
終わりなき世のめでたさを
松竹たてて門ごとに
祝ふ今日こそたのしけれ』

皆様も御存知の一月一日の歌です。皆様は、この歌をどんな気持ちで聞いたり口ずさんだりしていますか?
私は、天の神々も国民も何の区別もなく区切りもなく全てが一体となり心ひとつになる姿を感じ、魂にじ~~んときます。出雲大社の宮司様も仰っていますが『神賀詞(かむよごと)』の精神の再現となったのが、この歌。

宮司様がわかりやすく本に(出雲大社 学生社 by 千家尊統) 記していますので、抜粋します。
『賀詞(よごと)とは吉事とも吉詞とも、あるいは寿詞とも書いて、すべてこれをヨゴトとよむのが古くからの読みならわしである。ヨゴトというのは、吉凶の吉の「よし」という詞の語根ヨと、コトバのコトという語との合成語であって、その詞章を述べると言語霊(ことだま)のはたらきで、吉事慶事が相手かたの上に生ずるのだという、こういう考え方の上に成り立つ詞章である。この賀詞をば寿詞という文章であらわす場合があることからもわかるように、賀詞は多くは長寿を祝い、かついよいよその寿の長からんことを祈る、ということが多いのであるが、この出雲国造の奏する神賀詞の焦点も、またじつにここにおかれているのであった・・・』

『出雲国造の神賀詞奏上は、歴史の上では元正天皇の霊亀2年(716)2月にはじめてみえてくる。出雲臣果安(はたやす)のときである。果安は「出雲国造伝統略」によると、第24代国造であり、その子広嶋は「出雲国風土記」を撰進している。そして仁明天皇の天長10年(833)4月の、国造豊持までこれを跡づけることができるが、中古以来、歴史の上ではいつしか絶えてしまった。そしてこれが復活したのは、豊持からは一千余年の後、第79代国造尊澄(たかずみ)のときであった。このことは、明治維新のあわただしい世の推移とともに、また行われなくなった。しかし、尊澄国造の嗣子、第80代国造尊福(たかとみ)は文部大臣子爵井上の要請により、一月元旦のよき日にあたり、国民のすべてが御代のめでたさを歌う「一月一日の歌詞」を作った。このことは、いわばこの神賀詞の精神の再現ともいうべきであった。明治26年8月12日官報3037号付録に「小学校ニ於テ祝日大祭日ノ儀式ヲ行フノ際、歌用ニ供スル歌詞」として公布されたその歌しらべは、その作曲は明朗にしてのびやかであり、いかにも新春にあたり、御代の長久を寿ぐ歌として、ふさわしいものであった』

『 「延喜式」の式部式をみると、出雲国造がこの神賀詞を奏する日は、諸司廃務がとくに規定されているのが注目される。廃務とは有司百官が政務をとらないことで、国の吉凶の大事件のときに行われる措置である。そして出雲国造の神賀詞奉献の式は、天皇が大極殿に出御されて、これを受けられるのがきまりであったのであるから、いかに国家の重大な儀式と考えられていたか知れるであろう。神賀詞奏上がこのように国の大事であったということは、ひとり平安時代の場合にかぎらず、奈良時代からその通りであったことは、神賀詞奏上の記事が初めてでてくる、霊亀2年2月の記事にも「この日百官斎す」と『続日本紀』に明記されていることからも察せられるところである。この出雲国造の神賀詞奏上が、かくも重大な神事と見なされていた理由は、どこにあったのだろうか。その賀詞がひとり出雲国造の奏する賀詞であるにとどまらず、この賀詞が神賀詞といって、とくに神の字を冠するところからもわかるように、国造の躬を通して、出雲の神が天皇(すめらみこと)に奏すのだ、と考えられていたところに、第1の理由が求められるのである。すなわちこの神賀詞の「神」という字は、たんに神聖という意味の形容詞ではなくて、文字通り神の奏すところの賀詞であったのである。国造が1年間斎い奉った出雲186社の神々、とくに熊野に坐しますクシミケヌノミコトと杵築の大宮に鎮座する大国主神が、天皇に奏す賀詞であったために、朝廷ではこの奏上をとりわけ重視し、大切な神事としていたのである。出雲の神の神威の高さが思いしられる御儀であるが、そのことはひいては、出雲国造のもてるところの宗教的権威の高さということにもなるであろう』

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まなぶ 

Posted on  2014/01/10 Fri. 10:02   
学びなさい、全ての過去から。
学びなさい、全ての過ちから。
歴史は常に貴方に語って呉れています。
学びなさい、少しも難しくは在りません。
学びなさい、誰にでも必ず出来るのです。
少しばかりの静かな時と、
素直な謙虚さが在りさえすれば。
全ての出来事の中に、
智慧は無限に滲み込んでいるのですから。
学びなさい、直にでも。
小さな小さな事から、学びなさい。
微(かす)かな微かな事から、学びなさい。
すぐ目の前に在る物事が、
全てを貴方に語って呉れるのです。
見詰めて、耳を傾け、心を開きさえすれば、
他者は、全ての貴方以外の存在は、
教えて呉れるのです。
今、貴方が知ろうともせずに、
見過ごしている出来事が、
何れ必ず大きく、貴方に関わるのです。
幼き者から、学びなさい。
彼等は、
貴方を超えるべく生まれて来た者なのだから。
また、か弱き者から、学びなさい。
彼等は、貴方に何れ訪れる苦を、
知らせに来た者であるから。
特に、大切なのは、
貴方が畏(おそ)れる者から、学ぶ事です。
貴方が嫌う者から、学ぶ事です。
彼等は、求め難い師として、
遣わされた者たちである。
遭遇(あ)い難(がた)き者たちは、神の遣いである。
煩わしき者たちは、
貴方に智慧を運ぶ者たちである。
貴方の廻りの、是(かく)の如き者たちは皆、
貴方を救う者である。
貴方を苦しめる者たちは、
貴方に力を与えに遣って来た者である。
遭遇(あ)い難(がた)き「苦の姿」をした者たちは、
最高の友となる。
見習うが良い。
「全ての贖(あがな)える者の、輝きを!」
その者の「眼」は、
「苦の姿」を貫き透した果ての、
「彼方(かなた)」を見ている。
「彼方を見る者」から、学ぶが良い。
「超えるべき時」の別な姿を、
教えて呉れるだろう。
「微かを見る者」から、学ぶが良い。
「閉じ込められた時」が、
解き放たれんとする姿を、
教えて呉れるだろう。
如寂(にょじゃく)の領域に、
あなたの「い(命の根源の働き)」が、入って行く時、
あなたの「い」は、
「異蘊(いおん)世界」からの使者、と出会うであろう。
遭遇(あ)い難きその使者の名を、
貴方は耳にするであろう。
その使者が、
「全ての苦を贖(あがな)える者」である事を、
識(し)るであろう。
「使者の衣」が如何に軽いかを知る時、
貴方は歓喜するであろう。
そして、その使者が、
「貴方に苦を与えて呉れていた者」
だ、と知る時、
その光の使者が、
「貴方の邪魔をしていた者たち」
だ、と解る時、
全ての闇を光に変えているのが、
他ならぬ「貴方自身」だと知る。
去来する闇の全てが、貴方の智慧に隈無く、
照らし出されているのを知る。
「異蘊(いおん)の知」「異蘊(いおん)の見(けん)」は、
「一切の時」に惑わされる事は無い。
「全ての時」が運んで来たものは、
「異蘊(いおん)の智慧」に異ならない。
自ら勧んで下方(げほう)へ向かう事は、
無上の彼方に行く事である。
微かなる溝の裂け目から、
「異蘊(いおん)世界」に通ずる「孔(あな)」を、
見出すであろう。
その溝の深きに降(くだ)り、暗きに至るには、
「五蘊(ごおん)の衣」を脱ぎ捨てねば成らない。
「五蘊(ごおん)の衣」を脱ぎ捨てる時、
あなたは「使者の衣」を纏(まと)っている。
あなたが「思議する事」を捨て去った時、
「空に成った心」から
「光の智慧」が湧いて来るのを知る。
観えてくる、全てが観えてくる。
「歴史」が教えて呉れるもの全てが。
「過去」なる「禍根(かこん)」の「渦(うず)」が
暗く巻いているのを。
過去の自分が、その「渦」に「巻かれた人」
であるのが・・・。


いの神より

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大和の地へ  その1 

Posted on  2014/01/15 Wed. 09:45   
『奈良へ行って欲しい・・・』
2013年10月13日 ヤマトタケルノミコト様のお墓の前で受けたメッセージです。その時は『何のために?』『どこへ?』と問いかけたのですが、急いではない・・・ということしか言われず、詳しいことは一切教えてもらえずさっぱりわからない。仕方ないので、ただ頭に留めておくことに。それから数ヶ月がたちました。

2014年1月に入って、仲間たちと都内への神事のスケジュールを組もうとしていました。ところが、そのスケジュールを組もうとするのですが、全く先に進まない(・・)数日前になってもこのような状態が続き『今回の都内行きは無しになるな・・・行く地が違う・・・いったいどこに行く事になるのだろう???』とひとりで思っていました。そんな時に仲間からメールが。「奈良に呼ばれていること・そこで大きな事をやらなければならない!と神々から告げられたこと・ひとりで行かなければならないと思っているが本当に行けるのか?と不安になっていること・・・」そこには、神からのメッセージと共に、二ヶ所だけ神社の名前が記されていました。そして、これらを読んでピンと来るなら一緒に行って欲しい・・・と。それを読んだ時、この6年か7年の間ずっと感じていたことが溶けました。やっと時期が来たんだ! この件に関わることが何年も前からわかっていたし、そこに関わる人たちが事をどうしたいのかも うすうすわかっていたのですが、あまりに事が大きすぎてどこからどうやって取り掛かっていいのか?が全くわからなかったのです。到達点はわかっているのにスタート地点がどこにあるのかわからずウロウロの7年間。長かったぁ~。昨年12月25日にもこれに関連することがあって、魂が感動し過ぎて仲間の前で泣いてしまいました。お店に居たのですがちょうど、雑炊ができてきたところだったのですが、胸いっぱいで泣けてしまって雑炊を食べることも出来ない程で、冷えた雑炊を泣きながら食べました。
私が生まれて来た目的のひとつをやるためのスタートにやっと立てた!という感じです。今までの助走期間というか?ウォーミングアップというか?スローな動きではありましたが、それがこれから生きてきます。なんか前置きが長くなってしまいました。でも、そのくらい今回の神事は重要なものでした。

1月12日午前1時半、仲間たちがトランブレー家に到着。私の車に乗り換えて奈良県へGO!最初の地は天理市の石上神宮、途中ゆっくり休憩をしても4時半には到着してしまい真っ暗。私たちの車に反応してコケコッコ~~~♪♪♪とニワトリさんが鳴いていましたが、私たちはおやすみ~~~♪♪♪って(^^)

明るくなって参拝させていただいたのですが、フツヌシ様から、道中守って下さるとのお言葉。本当にありがたいお言葉です(^^)石上神宮では、仲間がお友達に『身代り御守り』を買っていましたので、普段御守りを買わない私も購入~(^^)購入したはいいけど、身代り御守り、どこにつけようかな~???身代わりだから、身につけておくべきだし・・・でも、ポケットに入れると、アホな私は忘れてきっと洗濯してしまうし(笑)う~~~ん、カバンに付けてもずっとカバンは一緒じゃないし・・・う~~ん、考えた末収まったところは、携帯のカバーの中\(^▽^)/携帯はいつもポケットの中だしネ(o^o^o)『でも、また携帯トイレに置いてきちゃうんじゃない?』と言う仲間(・・)『あっ そっか~』と納得してしまう私(笑)とにかく携帯をどこかに置いてこないように努力するということで落ち着きました。ホッですね(^^)

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大和の地へ  その2 

Posted on  2014/01/16 Thu. 22:08   
石上神宮の次は、天皇陵です。
今回は、天皇陵も行く必要有り! と感じた私は『ピンと感じる地を選んでみて!』と、仲間に天皇陵の全リストを送りました。100を超える天皇陵の中で彼女が選んだ数ヶ所は、私が昨年呼ばれて訪れた数ヶ所と完全一致。これで、行くべき地が決定しました。ということで、まずは『崇神天皇陵』へ。天皇の想いを受け取り、日本の立て直しのために力を貸していただけるようにお願いをしてきました。


私が好きな本をご紹介します。『天皇陵総覧』。天皇の系図を見たり、御陵の写真を眺めながら歴代の天皇に意識を持って行き、静かな時間を過ごすのが好きなのです(^^)
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仲間に送ったリストの一部
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崇神天皇のページ
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大和の地へ  その3 

Posted on  2014/01/17 Fri. 09:36   
三ヶ所目は『桧原神社』
大神神社の摂社であり、元伊勢とも呼ばれています。御本殿もなく三輪山を御神体としていて、独特なスタイルの三つ鳥居が建っています。境内に入って振り返ると鳥居の向こうは二上山が見え大和国中が一望できます。御祭神は、天照大神様・伊奘諾尊様・伊奘冊尊様。

2006年9月29日 この日が、私が初めて桧原神社を訪れた日です。その当時、まだ神事をやっていたわけではないのですが、あることに取り組んでいたため、皇室の○○○様から『関係者は10ヶ所参りに行っていただきたい・・・』という指示が出たのです。なぜその10ヶ所なのかもよくわからず・・・しかし、今になってはっきりわかってきました。今 神様からいただくメッセージと皇室からいただいた指示が完全一致しているのです。行く先々で『地球のことをよろしくお願い致します』と深々と頭を下げる宮司様たち。『地球・日本・人々のために全力で取り組み命を使い尽くします!』と神々と宮司様に誓った数年前。その流れで、神宮司庁から「天照皇大神」の掛け軸をいただくことにもなり、神々の想いを形として受け取ることにもなりました。購入したわけではなく直々いただいたので、より重みを感じ神々の想いを厳粛に受け止めました。

あれから何度も桧原神社には足を運んだのですが、今回の事は今始まったわけではなく既にあの時に始まっていたのだと再確認。見えない糸でしっかりと繫がり導かれているこの流れ、またこの地で祈ることができたことに深く深く感謝しました。

この世で起こることは、過去世も含め起こったことが全て繫がり合って事が起こり、縁ある者たちとも出逢うことになります。起こる事・出逢う人に偶然は一切無し。自分に起こる事・出逢う人 全ての出来事と存在を大切に、そして学ばせていただき、少しでも成長できるよう精進したいです。

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大和の地へ  その4 

Posted on  2014/01/17 Fri. 14:24   
桧原神社の次は、大神神社⇒狭井神社⇒三輪山です。いつもは平日に行くのでスッキスキなのですが、この日は日曜日とあって朝から物凄い人 人 人(゚゚;)無料駐車場は既にいっぱいで、待ってる車の長~~い列。仕方ないので、遠く離れた有料駐車場へ停めることになりました。山登りの格好でペットボトルをいっぱい背中に背負ってテクテク♪他の地で神事に使わせていただきたいので御神水をいただきたくて(o^o^o)鳥居から10分~15分程歩いたところに狭井神社があり登山口があります。ペットボトルを持って登らなくていいように、社務所の横のコインロッカーに預ける事ができます(コインも返却されますよ(^^))さて、参拝が済んだので登山開始です\(^▽^)/

あっ その前に・・・神社からの『入山心得十箇条』を(o^o^o)
一、三輪山は神体山です。敬虔な気持ちでの登拝を願います。
二、入山前に各自御幣でお祓いをして下さい。
三、入山中は、「三輪山参拝証」の襷(たすき)を首にかけて下さい(←かわいい鈴がついています(^^))
四、行程は上り下り約4kmです。
五、登下山に要する時間は普通2~3時間です。
六、山中での飲食は出来ません。
七、山中の草木・土・石は採取出来ません。
八、お供物は必ずお持ち帰り下さい。
九、宗教活動及び勧誘行為などは慎んで下さい。
十、下山は午後4時までに完了願います。

それと、三輪山は、以下登拝できない日があるので注意して下さいネ
・元旦~3日
・2月17日
・4月 9日
・4月18日(午前)
・10月24日
・11月23日
※悪天候等諸事情により危険と判断した時

入り口でお祓いをして一礼して、いよいよ登山開始です\(^▽^)仲間は、登山口に置いてある杖を貸してもらうことにしたようです。一歩一歩ゆっくりゆっくり大地を踏みしめて登り始めました。途中、仲間には神様から応援の言葉がかけられて、うふふ(o^o^o)って感じ。後ろからは後押しするような掛け声、頂上からは待ってるぞとの掛け声。あっ 逞しい私には優しい言葉がなかったような(笑)あはは~です。
この山、龍神様もいっぱいいらっしゃるし浄化力の強いお山なので、霊的に重くなっている方は登ったら体がより軽くなると思いますよ(o^-^o)
楽しく気持ち良く登らせていただき、無事頂上に到着。数ヶ所に分けて神々がいらっしゃるポイントに意識を飛ばし祈りました。多くの地がそうなのですが、大切な地というのは人々の目に触れないようにたいていは隠されていたりします。自分のセンサーを研ぎ澄まし見えるものに惑わされることなく、どこが一番のポイントであるかを見極わめ、そこに意識を飛ばして祈れるといいですよね。

下山後は、三輪そうめんいただきました~♪♪♪その地の水や食を体に入れることはとっても重要。エネルギーを全身に吸収させていただき感謝(^^)


仲間が買ってくれた『龍馬鈴』  『奈良に行くときは必ず鈴を身につけて行くこと。神々の守りもあるが己自身で、その体を守ること・・・』と神様からメッセージがありました。
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裏側です とってもいい音がするんですよ
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こんな素敵な袋に入ってます
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袋の裏側に説明があります

『龍馬(りょうま)は馬の中の王者として古来霊獣の一つに数えられています。本社拝殿の正中の蟇股(かえるまた)にその雄姿が大刻されており、三輪明神の神威はこの神馬に感応して天翔っていることでしょう。此の度鋳金家の日展無鑑査津田永寿先生の手により龍馬鈴として謹製していただきました。神勇を鼓舞する護符として身近に奉持して下さい。』

こちらは、熊鈴。これも仲間が買ってくれた~(o^-^o) 熊ちゃんの模様がかわいいし、透き通るようなきれ~な音がするので、とっても気に入っています
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ネジを緩めると音が鳴らなくなります
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1月19日 お茶会の報告 

Posted on  2014/01/21 Tue. 08:10   
まずは・・・今回お茶会に参加して下さった皆様方に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。遠くからは、東京・埼玉県・兵庫県・・・市内の方々も。あっと言う間の4時間で、時間足りなかった・・・というのが本音。朝からやればよかったかな~なんて反省会で言ってました。素敵な方ばかりで、本当に有意義で楽しい時間でした♪
流れとしては、13時スタート17時で一旦終了。残りたい方は残って夕飯を一緒に食べて、その後も話は続き最後の人が真夜中の12時半に帰宅という感じでした。

迷いや悩み、そして地球のこと日本のこと、お互いに意見を交わす学びの場になるということで、天からは代表して3柱の神々がいらしてくださることになってました。皆様をお迎えする前に場を整え「今日の学びの会がそれぞれにとって良き場となりますようにお導き下さい。来たときより元気で光を増して帰ることができるようにどうか力を貸してくださいとお祈りしてました。今回、それぞれに密な時間をとるために10人限定とさせていただいたのですが、予想以上にお申し込みが多く、たくさんの方々をお断りすることになってしまったこと、大変申し訳なく思っています。すみませんでした。このように みんなコタツに入って喋るというアットホームなお茶会も続けていきたいと思ってはいますが、交流センターのような場を借りてセミナー形式にするのもいいかな・・・ということも話し合いで出ました(←というより神様から言われた_(・・))。そしたら、大きな人数でも大丈夫ですから(^^)
ここ数年神々から言われ続けていることがあるのですが・・・今の日本や地球の現状、神々が何をやろうとしているのか?とか、これから起こることや取り組んでいることを人々に話しなさいとか、語れ語れ・・・とか、セミナーをやりなさいとか、今取り組んでいることや経験を通じて学んだことや人としての生き方や感じていることを話しなさい・・・と再三言われてきました。セミナーね~(・・)何話すの?教育委員会や市のバックアップをいただいて500人で講座をやったり、教育委員会の力も借りて学校で人権・命の教育とかを800人とか1000人とかの規模で企画したことや、ラジオで話したりなど、いろいろな企画は何度もしたことあるけど、自分のセミナーと言われても・・・特別何かができるわけではないし、そんなにネタがあるわけでもないし(-_-;)いったい何を話すの?って感じで今までやってきませんでした。まっ でも神々がそんなに勧めてくださるのなら、やってみようかしら?と言う感じでして・・・今回のお茶会の後も『今後も多くの者に想いを伝え、有志の者に道を示しなさい』と天照様からのメッセージいただきました(他のことでメッセージ来たのですが、人々への発信についても言われました)ということで、企画する流れになってます。今日、お部屋を予約してきます(^^)あっ 仲間tトークみたいな形で参加者も加わりながらの会にできたらいいな~と思っています。テーマを決めてみんなで話すという(もちらん神様も参加していただきながらの会になると思います。どの神様が来てくださるかは当日のお楽しみ(o^o^o))参加型のセミナー(話すの苦手で話したくないわ~という方は、もちろん聞いているだけでもOK)。『良き地球・日本にしていくために自分に何ができるのか?』情報共有の場であり、学び合いの場であり、縁ある人たちが絆を深める場としたいです。普段ブログには書けないことや書ききれないこともいっぱいあるので、お話できることができたらいいなと思っています。またお知らせしますので、よかったら参加してみてください。初めてのセミナーにドキドキ(^-^) ワクワク♪(笑)って感じ。

では では 今日も良い一日をお過ごしください\(^▽^)/

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大和の地へ  その5 

Posted on  2014/01/21 Tue. 16:02   
三輪山の次は、日本一たい焼き~~~とナビ設定(笑)うふふ 好きなんです ここのたい焼き(^^)あれ、次は聖徳太子のお墓じゃないの? いえ、三輪山に来たら、次はたい焼きなんです! って感じ(笑)お店の名前『日本一たい焼き』の由来は、このたい焼きを食べた二鶴堂の創業者が「このたい焼きの味は日本一(にっぽんいち)たい!」と博多弁で言ったのがきっかけだったそうです。こだわりのあんこと、サクサクパリパリとした皮がおいしいんです(o^o^o)ということで、私のわがままでたい焼き屋さんにGO! で、おいしかったかって?めっちゃ美味しい~~~\(^▽^)/\(^▽^)/\(^▽^)/三人でパクパクとエネルギー補給♪♪♪

はい、次は大阪叡福(えいふく)寺、聖徳太子のお墓です。聖徳太子に呼ばれている・・・と、仲間がメッセージをキャッチしたので行くこととなりました。大阪にいらっしゃるとは、全く知りませんでした(・・)聖徳太子が伝えたいことも他の神々と皆同じですね(^^)

そして、奈良県に戻り石舞台。ここは、仲間のお友達が神様からビジョンを見せられ、大和三山を眺めることができる地に行って! 時間は日が傾く頃! と指示されリストに加わりました。その時は、『石舞台』という文字をメールで見ただけで、『ふ~~ん、そっか~石舞台ね~』とそれ以上調べることもなく(仲間たちは念入りに調べていたようなのですが・・・)前日の夜を迎えていました。そして出発6時間前のこと・・・私は、いつものように中学生に英語を教えていました。すると、ひとりの少年が突然何を思ったのか?授業とは、全く関係ないページを(英語の教科書の)開き、そのページの話をし出したのです。そして、そのページに書かれている内容が国語の教科書にも載っていることを示したくて、国語の教科書を取り出したのです。そして私に国語の教科書を見せながら説明『ふ~ん、そうなのね~一緒だね~(^^)』と見ました。その後、手渡された教科書を何気なくパッと開いて仰天(◎_◎) そこには、次の日に行く、天香具山のことを詠んだ持統天皇の歌が書かれていて、その隣のページには大和三山(天香久山 畝傍山 耳成山)の絵が。そして、その手前には額田王(ぬかたのおおきみ)が大和三山を眺めている様子が描かれていて、その下に大和三山の説明が。まさに、次の日の夕方の情景そのもの。その瞬間、額田王や聖徳太子や聖武天皇や昔その地に関わってきた方々の想いや祈りが魂に響いてきてじ~~ん。行く前に情景を見せられ神の想いを感じさせられ、この場でこのような想いで祈って下さいというメッセージを受けました。まさか生徒が神のメッセージを持ってくるとは・・・生徒に、なぜ国語の教科書を持ってきたの?と聞くと『僕、いつもはこのカバン持ってこないんだけど・・・初めてだよ。で、たまたま国語の教科書が入ってた・・・国語の教科書なんか持ってきたことないのになあ~』と言ってました。不思議ですよね。偶然とは思えなかった。メッセージというのは本当にいろいろな形でもたらされます。私があまりにボ~~っとしているので、神々が行く前に、バシっと強烈なインパクトを与えたのかも(笑)

次の日、大阪から甘樫丘展望台に向かっている時・・・車を運転しながら、涙が溢れて泣きそうになってました。額田王の想いが入ってきたからです。涙ウルウルしながら、泣いちゃダメ!泣いちゃダメ!と自分に言い聞かせながら必死にこらえて運転していました。後で知ったことなのですが、仲間も同じく後ろの席で泣きそうになっていたということでした。やはり額田王のエネルギーが来ていたのを感じていたようです。前日脳裏にしっかり焼き付けられた大和の情景と甘樫丘展望台に実際立って見る情景が完全に重なり、神々や大和の地に縁あった歴史上の方々の想いも重なり言葉にできない程の感動を受けました。360度見渡せるこの大和の地で、祈らせていただいていたら、額田王や聖徳太子や聖武天皇や後醍醐天皇やたくさんの存在たちを感じまた涙。天も地も人も全ての命が一つに繫がり溶け合い愛溢れる世の中になりますように! そして、日の傾く時間に行ってください・・・時間に何の意味があるのか全くわからずでしたが、天からの夕日のプレゼントだったとわかった時はただただ感動でした。皆様も御自分の近くにある360度見渡せるような地で全ての命を感じてみてください。きっと天の想いを感じ取ることができるでしょう。

聖徳太子御廟
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大和の地へ  その6 

Posted on  2014/01/23 Thu. 10:51   
なんかその6まで来ちゃいましたね~毎日いろいろな面白い事が起こってるのになかなか報告終わらなくて日記が追いつかないわ~(-_-;)

では、旅の続き・・・次は、飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)。ここは、一番最初仲間からメールが来たとき『みゆきちゃ~ん、奈良に行かなくちゃ行けないんだけど、ピンと来る?』と神のメッセージと2つの神社が記されていたのですが、その中のひとつです。聞いたこともないし、行ったこともない神社でした。そして、仲間の所に神様からメッセージが来ると同時に(私はその時まだ知りませんでした)、私には『出雲国造神賀詞』についてブログに書きなさいと天からメッセージが来てまして、う~ん、難しいな~これどうやって簡単に説明したらいいんだろう???奥が深すぎて、書くと膨大な量になるわ~|||(-_-;)||||||やめよっかなぁ~でも~神様から書きなさいと言われているのはわかるんだけど・・・と、迷っていたのです。たくさん書けば説明しやすいのですが、それでは退屈すぎるし・・・で、見つけたのが、出雲大社の宮司様の説明\(^▽^)/やった~これだ これだ!これならわかりやすい! さすが宮司様です。ということで、大国主様からのメッセージを宮司様の言葉として発信したのが、2014年1月6日の『神賀詞(かむよごと)』というタイトルの日記でした。そして、仲間の側には『どなたかのブログか何かにピンと来るメッセージが入ってる』と神様から言われていたようなのです。で、1月6日の私の日記のタイトル『神賀詞(かむよごと)』と見て、キャ~~~~~(◎_◎) 神賀詞だ~~~~!!とビックリしたのです。飛鳥坐神社を調べていたとき、その言葉を仲間は見せられていて既にインプットされていたのです。神様たちのお導きはやっぱり見事ですね~。私は、その神社の名前さえ知らなかったけど、神賀詞について説明することを神から指示される。仲間は、行くべき地を示され、私たちに教えてくれる。これで、どんな意識でその地に行ったらいいのかとかわかるし、より深い意識で祈りもできます。行く前は、いつもこんな感じでいろいろなやりとりがあり、いろいろなメッセージがそれぞれの人に降りてきて最後はピタっと一致し、焦点がバシっと定まることになるのです。

これでやっと第1日目が終了です\(^▽^)/ふ~~~精神張り詰めていたのを少しだけ緩めることができる瞬間。しかし、その後も宿で次の日のスケジュール調整があり、調べる事考えることいろいろ。

あっ 今回奈良行きが決まって繫がった瞬間から頭いた~~~~って感じでしたが、その夜も続きぐっすり眠れなかった(・・)行く前にも神々から、前には進めずにとしてくるぞ 心してかかって欲しい・・・と警告があったので、絶対に隙を作らないように心ブレることないように心身共に整えていました。でも、痛いと言っても激痛とかではないのでご心配なく。神事をやるのに支障があるレベルではないし事が終わればスッキリしますので(^^)

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大和の地へ  その7 

Posted on  2014/01/26 Sun. 11:16   
さて、第2日目なのですが、この日はどこからスタートしようか非常に迷いました。開門閉門の時間があるので、上手に廻らないと、行ったはいいけど入れないという場合があるからです。ということで、東大寺からスタート。東大寺は、後醍醐天皇から『行って欲しい・・・』という指示があったので行かせていただきました。小さい頃から何度も足を運んでいるし、大人になっても何故か縁あり何度も行く機会があり半年に1回、少なくとも1年に1回は足を運んでいます。以前も国常立尊様から『東大寺は聖武天皇の想いが詰まっておる。感じてみなさい』と言われました。天璽国押開豊桜彦天皇(あめしるしくにおしはらきとよさくらひこのすめらみこと)というお名前でも呼ばれていますが、素敵なお名前ですよね(^^)その時代の方々が何を想い生きていたのかを知るには、本に書かれたことから感じることもできますが、足を運びその場が発する振動(音・波動)を感じるのが一番ですね。

東大寺の次は、箸墓古墳です。ここも桧原神社と同じく10ヶ所参りを命じられたことで、2006年9月29日に初めて訪れて以来奈良に行くたび訪れてます。宮内庁管轄『孝靈天皇皇女倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこ)』が祀られている地です。直前までリストに入ってなかったのですが、私には行くべき地のひとつに感じられていたので仲間には古墳の存在は伝えていました。そして現地で行くべき地に加わり行かせていただきました。孝靈天皇皇女倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこ)様、ただ微笑まれるだけで、何も仰る事なかったのですが、想いは他の方々と同じと思います。一体となり事にあたらせていただくことをお伝えしてきました。

そして次は、神武天皇陵。こここは、大和三山のひとつである畝傍山(うねびやま)の北東の麓、橿原神宮(御祭神・神武天皇)に北接する地にあります。橿原神宮も神武天皇陵もなぜか縁があるようで数回訪れているし、流れが全く違うところで毎年橿原神宮の宮司様も同席され15人程で一緒に神事をしていますので、やはり何かしら縁があるということみたいです。『昨日はご苦労様でした。ありがとうございます』と神武天皇からお言葉をいただき恐縮。お言葉に恥じないように今後も全力でやらせていただきます!と誓ってきました。

天皇陵の次は藤原宮。ここは直前まで行くはずではなかったのですが、途中で仲間の元にメッセージが降りて行くべき地に加わりました。皆さんもご存知のように、藤原宮は、中国の都城制度に倣い、初めて本格的な都市計画のもと天武天皇が計画し皇后であった持統天皇が完成させ、持統天皇・文武天皇・元明天皇3代に渡っての都市でした。大和三山に囲まれた地にあり藤原宮は、この藤原京の中心部にあたり、現在の皇居と国会議事堂、および霞ヶ関の官庁街とを一ヶ所に集めたようなところで、東西南北とも約5.3キロに及ぶと考えられていて、大和三山がすっぽり入ってしまう広大なものだそうです。この藤原宮の端に小さな神社?というかエネルギーが集まるところというか?ポイントになるところがあるのですが、そこで持統天皇が降りていらっしゃいました。『すみません』と深く謝罪される持統天皇。歴史を遡り、持統天皇が通ってきた道を振り返りながら彼女の謝罪の言葉を重く受け止めさせていただきました。2009年まで私にとっては、ただの歴史の教科書に出てくる一人物に過ぎなかったのですが、ある時から、持統天皇が自分の中では関係ない人ではなくなり気になる方となりました。今回、こうしてしっかりと向き合えたことがとっても嬉しかったです。これから、想いひとつになり事をやらせていただきますとお約束してきました。

東大寺
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箸墓古墳
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藤原宮跡
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持統天皇の御魂、ここで降りていらっしゃいました
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大和の地へ  その8 

Posted on  2014/01/27 Mon. 12:22   
藤原宮の次は『鷺栖(さぎす)神社』。聞いた事もない神社だったのですが、神様から「来て下さい」とのメッセージがあったので行かせていただきました。御祭神は、天照皇太神 譽田別命 天兒屋根命。
由緒書きは以下。『当社は里人鷺栖八幡と称し、「延喜式神名帳」に「鷺栖神社勅」とあり「古事記垂仁天皇記」に鷺栖池の記事と「釋日本紀」所引「氏族略記」には鷺栖坂の「玉林抄」に「按ずるに鷺栖の地名今四分村に在り」と云い又、池坂も神社の付近にありました。又右御祭神をもって大和三山の中心地点に創立されたものでありますが、その年代は詳かでありません。しかし、延喜式内社として古くから広く知られていることかに考えてみると、たしかに千数百年以前の創立にかかるものと思われ、まさに藤原京以前の旧社であることはうたがい得ぬ事実であります。』

鷺栖神社
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次は、天岩戸神社と大和三山のひとつである天香久山。国常立尊様からの指示がありましたので行かせていただきました。登山口に天岩戸神社、頂上には、国常立尊様と高龗神(たかおかみのかみ)様が中腹には伊耶那岐命(いざなぎのみこと))と伊耶那美命(いざなみのみこと)が祀られています。昔の方が詠んだ歌を思い出し大和の地を感じながら登るといいですよね。

春過ぎて夏来(きた)るらし白たへの衣干したり天の香久山   持統天皇

現地の案内版から・・・

『大和三山  香具山』
奈良盆地の南部に位置する香具山(152.4m)、畝傍山(199.2m)、耳成山(139.7m)の3つの山の小高い山を総称し、大和三山と呼びます。香具山は桜井市の多武峰(とうのみね)から北西に伸びた尾根が侵食により切り離され小丘陵として残存したのもので、畝傍山と耳成山は盆地からそびえるいわゆる死火山です。3つの山は古来、有力氏族の祖神など、この地方に住み着いた神々が鎮まる地として神聖視され、その山中や麓に天香具山神社、畝傍山口坐神社、耳成山口神社などが祀られてきました。また、皇宮造営の好適地ともされ、特に藤原宮の造営に当たっては、東・西・北の三方にそれぞれ香具山・畝傍山・耳成山が位置する立地が、宮都を営むうえでの重要な条件にされたと考えられています。大和三山を詠んだ和歌は多く、重要な歌枕として鑑賞上の地位を確立したほか、近世の地誌、案内記、紀行文などでも紹介され、万葉世界を代表する名所として、広く知れ渡るようになりました。香具山は、伊予国風土記逸文に「天から降ってきた」という伝承が残っており「天の香具山」とも呼ばれています。万葉集において「天」という美称がつけられた山は香具山だけで、このことから多くの山の中でも特別な位置付けを持っていたと考えられます。(by 橿原教育委員会  奈良県森林管理事務所)

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香具山頂上
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はい、次は長谷寺です。長谷寺も直前までリストに入っていませんでしたが、突然「長谷寺!」って天から(・・)来たのです。「ん? 長谷寺行くの? どこにあったけ~?」って感じでした。昨年末から「長谷寺」と名前だけは来てたのですが、何故行くのかの意味がわからなかったので、調べることもしなかったし足を運ぶこともなかったのです。ところが、今回はピ~ンと来るものがあり、調べることにしたのです。調べてみて、ビビビ! 完全に行く意味が確認できたからです。長谷寺をリストに加えるべきではないか?ということと、行く意味を仲間に伝えたところ、仲間もビビビ!ですぐ決定。彼女の元にも昨年から何度も「長谷寺」とメッセージが来ていたようなのですが、私と同じく行く意味がわからなかったので足を運ばなかったようなのです。やはり何事もタイミングというものがあり、タイミングが来ないとビビビ!とはならないものですね。で、長谷寺は、奈良県桜井市初瀬にある真言宗豊山派総本山の寺なのですが、御本尊様は十一面観音、開基は僧の道明。西国三十三所観音霊場の第八番札所であり、日本でも有数の観音霊場として知られてるそうです。奈良県桜井市の初瀬と三重県松坂市の六軒を結ぶ街道を見下ろす初瀬山の中腹に本堂が建っています。大和と伊勢を繋ぐ街道の起点にあるというとても重要な地ですね。
長谷寺、こんなに大きな寺だとは知らず、そしてこんなに素晴らしいお寺だとは知りませんでした。また行きたい!って思いました。

本殿までこんな階段を登っていきます
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とってもきれいなお花がいっぱいでした。傘もかわいい(^^)
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大和の地へ  その9 

Posted on  2014/01/28 Tue. 10:51   
長谷寺の次は、吉野山へ。吉野は自分の故郷のように感じているお山で大好きなんです(^^)過去の人生で吉野山拠点として生きていた時代があったからでしょうね。なんか懐かしくて、行くというより帰るって感じの地です。後醍醐天もいるし・・・パパに会いに行くような感覚で(笑)お墓に行くのがとっても楽しみなのです♪で、まずは、『水分神社(みくまりじんじゃ)』、開門が8時閉門が16時なので行こうと思っている方は気をつけてくださいね。ここは、とても重要な地なのでもう何度も訪れているのですが・・・創根ケ峯(あおねがみね)の山頂に、今から約720万年前人類の大祖人として、天上神霊津の天命より、人間の生命継承権を貸与されて、この生命界地球の免疫所「與謝界(よさかい」の天記津州(あきつしま)なる、丹波国の真名井原丹庭(まないはらたにわ)に御降臨された人間人類の初代イザナギノミコトが幼少の大丹生童児(おにゅうどうじ)の時、この地に立たれ、植物・動物・人間三位一体の生命継承権憲邪(仏教では弥勒菩薩)神霊真力氣を三津の岩石を並べ、人類人間が自然界に感謝するお祀りされたのが神仰の始まりであったのですが、いろいろありまして(権力者に潰された)頂上から下に引きずり降ろされ、現在のこの地に吉野水分の神に変えて36社として祀れています。イザナミノミコト様からのメッセージを加古藤市様が教えてくださいました。

水分神社
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その後、『金峯神社(きんぷじんじゃ)』へ。吉野山最奥の青根ヶ峰のそばにあり、吉野山の地主神である金山毘古命(かなやまひこのみこと)様をお祀りしています。社名の「金峯」は、吉野から天川村へかけての峯々の総称で、地下に黄金の鉱脈があるという伝説を持つ山だと言うことだそうです。


吉野山(858m)の頂上・青根ヶ峯から500mほど下ったところに金峯神社があります。神社手前からの眺め。
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さて次は、『吉水神社』。時間のことを心配しなくていいのならば、あっち行ったりこっち行ったり無駄な動きをしなくて良かったのですが、それぞれに閉門の時間があるし、お土産を買いたいし、柿の葉寿司も買わなくちゃいけないし(神様と仲間から言われていたのです。「その地の食を口にし、それも自分の体を守ることになるぞ!」って。だから神様お勧めの柿の葉寿司をどうしても食べたかったのです(^^)地酒も買わなくちゃいけないし(友達のお土産と神様へ)、行く順番を間違えるとアウトです。あっ 吉水神社は、重要なポイントなので何回か行ったことはあるのですが、今回は特別に重い意味があったので、行かせていただきました。

吉水神社については、ウィキペディアから抜粋します。『社伝では、白鳳年間に役行者により建立されたと伝えられる。南北朝時代、後醍醐天皇が吉野に潜幸したとき、宗信法印の援護を受けて吉水院に行宮を設け、一時居所とした。後醍醐天皇の崩御の後、後村上天皇が後醍醐天皇の像を作って吉水院に奉安した。明治時代に入ると神仏分離の観点から天皇を仏式で供養することが問題視され、明治4年(1871年)5月に五条県が吉水院を神社に改めて吉野神社とする案を太政官政府に提出したが、政府は後醍醐天皇をまつる神社を別に作ることを望み、許さなかった。しかしいよいよ金峯山寺の廃止が迫る情勢となったことから、奈良県が神社への改組を働きかけ、明治6年(1874年)12月17日に後醍醐天皇社の名で神社になることが太政官に承認された。明治8年(1875年)2月25日に吉水神社に改称し、やがて村社に列した。後醍醐天皇のほか、源義経や豊臣秀吉ゆかりの地でもあり、多くの文化財が所蔵されている。本殿は旧吉水院護摩堂である。隣接する書院には、後醍醐天皇の玉間と源義経が潜居したと伝えられる間があり、重要文化財に指定されている』(引用終了)

次は『金峯山寺蔵王堂』です。御本尊様は、左尊 弥勒菩薩・中尊 釈迦如来・右尊 千手観音菩薩としていますが、真実の御本尊様は、左尊 植物の元生産親・中尊 人間の元生産親・右尊 動物の元生産親のお姿のようです。以前、金剛蔵王権現様からいただいたメッセージを再掲します。

人々へ
『私はそなたたちを守るもの そなたたちは一つの光から生まれ 散らばり生きています そなたたちの命は神との教もあるのです 自分を取り繕い 仮の姿を見せているだけ 愛に溢れるものであれば 手がなかろうと 足がなかろうと 病を抱えていようとも その姿は光輝いているもの そなたたちが光り輝くためには 人を認めることです 自分を認めることです 人を 動物を 自然を 愛しいと思うことです 自分が生かされていることに気づくことです そなたたちの未来が 光で溢れるようにと見ています』

これは、私にあてられた個人的なメッセージではありますが、皆様も感じるところがあるでしょう。
『そなたへお願いがある 地をまわる時に 光を 自然や鳥、動物たちにも射してください 今、磁場が乱れ 方向を失っているものたちが 自然にたくさんいます その磁場の乱れの修正と鳥たちの道しるべ 光の道を教えてください 教えるということは、光を射してあげればいい 光を射された鳥たちは また自ら正しい道を飛べるようになる 神と一体になるということは 守り、導くのは人だけではないということ 道を失った鳥や動物もなのです 自然にも光を与えれば 鳥たちは自分の今いる居場所もわかり、移動する場所もわかるということ どうか、たくさんの命の道しるべとなってください 人が自分たちの利便性を求め続ける結果 自然も動物たちも犠牲になり 居場所を失いつつあるのですから そなたには、これからもそのことを忘れずにいて欲しい そなたを必要としているものが 自然界にもたくさんいるのです あなたのお役目のひとつとして心してください これからあなたの力になります どうぞ 力を受け取ってください 人だけでなく 自然界を共に守りたまえ』

蔵王堂
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大和の地へ  その10 

Posted on  2014/01/29 Wed. 10:34   
水分神社 セーフ(^^)吉水神社 セーフ(^^)柿の葉寿司ゲット セーフ(^^)御神酒ゲット セーフ(^^)時間との戦いで、どこも私たちが行った後は閉まってしまうというギリギリセーフの状態。間に合ってホッっです。あっ 酒屋さんは間に合わず閉まっちゃったんだけど、わざわざシャッター開けて下さってセーフ!でした\(^▽^)/

如意輪寺へGO! 急げ 急げ~暗くなるぅ~です。そして、到着。まだ真っ暗じゃない大丈夫 よかった~(^^)まずは、如意輪観音様にご挨拶をして、後醍醐天皇のお墓へまっしぐら。お墓への階段を登る時は、もうワクワクでいつも駆け上がるのです♪♪♪~パパちゃ~ん お待たせ~遅くなってごめんなさい。待ちくたびれちゃったでしょう~ってノリで(笑)嬉しくて嬉しくて うふふ(o^o^o)お墓の前でニッコニコ(o^o^o)の私。

みんなで柿の葉寿司と吉野くず餅と御神酒とあちこちの御神水をお供えし、この2日間の神事のために守り導いて下さった全ての存在に集まっていただきました。今回の神事を無事に終えることができたことの御報告と感謝の祈りを心をこめてさせていただきました。この世に体がある無し関わらず、神仏とも一体となり事ができ、そして無事終えることができ、感無量、泣いてしまいました。祈りが終わると同時に響いてきた太鼓の音が印象的でした。神事が上手く行ったことを知らせるための神仏からのご褒美だったようです。一日の行動の何かが少しずれたら、この太鼓の音は祈り終了と同時に聞く事はできなかった。ほんの少しでもずれたら・・・です。これ程のタイミングの良さで聞くことができるのはやはり偶然とは思えないですね。こんなプレゼントを用意してくださる神様に感謝でした。

そしてお祈り終わって、お下がりをいただくことに・・・
神仏に囲まれ後醍醐天皇のお墓の前で座り込んでいただく柿の葉寿司や吉野くず餅、最高でした! あっ そういえば、柿の葉寿司・・・葉っぱごと食べるのか? 葉っぱは取って食べるのか? う~~ん、どっちなんだろうね~? と3人で頭を傾げながら、結局3人とも葉っぱごと食べてしまいました(o^o^o)ちょっと硬いね~といいながらも塩味が美味しくて(^^)でも・・・昨日、仲間からメールが。「基本的には葉っぱは取って食べるんだって~。ビタミンが豊富とかの理由でポリシーがある人以外は食べないんだって。」調べてみると、やはり、葉っぱは普通誰も食べないそうで(・・)あっ 食べちゃった~って感じ(笑)でも、柿の葉寿司、ホントに美味しかった。また食べたい(o^o^o)

直会(なおらい)終了、あたりは真っ暗。さて、あともう一ヶ所行く必要があります。最後の地は『大和神社(おおやまとじんじゃ)』。この日、通りかかってリストに加わった地です。御祭神は、大和大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)、八千戈大神(やちほこのおおかみ)、御年大神(みとしのおおかみ)を祀り、、伊勢神宮と並ぶ最古の神社。
この2日間、大和の地で無事に神事を終えることができたことの御報告と見守り導いてくださったことへの感謝の祈りをさせていただきました。その後、一息つくためにお食事に行くことに。心は清々しくホッと気が緩む瞬間。ちょっと気を緩めることができますが、まだ神事は終了していません。無事に家に帰り着くまでが神事です。仲間は愛知県から東京まで運転しなくちゃいけないから、心身共に休んでもらわなくちゃいけないので、関西から愛知県までは私が運転です。大切な命を乗せるわけですから、気を緩めることは許されません。もうひと頑張りです(o^o^o)

その後、仲間たちも私も、それぞれ無事に家に帰宅できました。これもいつも応援して下さったり祈って下さる皆様のお陰であると感謝しています。皆様の応援に支えられ、祈りに守られ、その祈りが天に届きたくさんの導きや良きご縁をいただいてます。どれだけ感謝しても足りない程です。本当にありがとうございます!!

後醍醐天皇陵
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感謝を込めて皆様へ(^^)
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教育 

Posted on  2014/01/31 Fri. 08:42   
相手のことを思いやり、良かれと思って言ったことやったことが全く受け入れられず、自分を正当化するために言い訳され素直に忠告を受け止めることもせず、逆に非難されガッカリってことありますよね。

「教育」とは意識の大地を耕すこと。「耕す」の「耒(すき)」は「大地を耕す耒」です。「井」は「水であり生命が湧き出る井戸」であり「真理・智慧」の泉を顕しているのかと思います。

「心の荒地を耕し、がれきや汚れを取り除き、潤いを与えること」これを「教育」と言う。相手の心がまだ十分潤ってなく耕されていないのに、種を撒いてもいい芽は出ません。整うには、それなりの時間が必要でありタイミングがあります。


英語では、耕すのことを「cultivate」と言いますよね。「文化(culture)」という言葉は、ここから来ています。

辞書で、「文化」の第1の意味は、「権力や刑罰を用いず導き教えること」です。「教育」です。その教育を通し人間が

自然に対して働きかける過程で作り出した物質的・精神的所産が文化です。


昔、友が教えてくれました。

『荒れ野にそのまま、種を撒いてはいけません。邪魔になる根っこを掘り起こし、瓦礫(がれき)を取り除き、整えて、整えて、汗水たらして、シッカリと耕してから、大地に水を浸透させ、潤わせ、風を読み、日差しを読み、時節を弁(わきま)えてから、漸(ようや)く、一粒ずつ丁寧に、間隔を踏まえて、植え込んでいくのです。これを「教え、育む、教育」と言います。』と。

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