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むすひ

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昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

3月24日~4月1日の祈りの旅  その1 廣田神社・越木岩神社 

Posted on  2013/04/02 Tue. 15:24   
9日間の旅から昨夜帰宅。、毎日朝から晩までびっしりのスケジュールで、今は体ぐったり疲れきってる状態ですが、最初から最後まで神仏の導きの連続で、思わぬ展開に感謝しっぱなしの旅だったので、心はとっても元気です(*^-^)/空海の魂が入ってから、明らかに私だけの意志で動いているのではないのがはっきりわかり空海モードで動くことになり、いつもとペースが全然違いました。何をするにも、空海に話しかけていてひとりぶつぶつ言ってる状態で、一人旅をしているって感じではなかったです(笑)

今回は、兵庫県・岡山県・広島県・島根県・鳥取県・京都の約70ヶ所のポイントを訪れる数千キロの旅でした。3月24日 午前3時出発、まず兵庫県に向かいました。随分前から気になっていた西宮市にある『廣田神社』が最初の地です。初めて御縁いただきましたが、とってもきれいなエネルギーの素晴らしい神社ですね。六甲山と強く繋がっているようで、六甲山からのエネルギーが強烈に届いていますね。行ってみて知ったのですが、空海もこの神社に縁あって来てたようです(・o・)参拝し終わって帰ろうとしたのですが、もっとゆっくりしたかったみたいで、戻ってゆっくりすることに。当たり前ですよね、懐かしい御縁深き地ですから。空海モードに合わせてゆっくり じっくりの旅になることはわかっていましたから、予定通りです。

次に足を運んだ地は、同じく西宮市の『越木岩神社』。ここは、以前も御縁いただいてる地です。ここもやはり六甲山と強い繋がりを感じます。末社として菊理姫大神を祀っています。案内版にも『武庫山(六甲山)を拝み、東麗第一の社で山の神を鎮め祭る・・・』と記されています。つまり、ここの奥の宮が六甲山の『六甲山石宝殿』ってことですね。境内にはたくさんの立派な磐座があり神々が祀られています。『こしき』とは、現在、『越木』とか『甑』と書かれたりしますが、昔は『こ』=神の心。『し』=霊(ひ)のを意味し神のこと。『き』=現れること。つまり『神の心が現れること』だったそうです。生きとし生けるもの全ての命に自然・大地の恵みが豊かに降り注ぐように祈願し、神々への感謝、そして真心のあかしとして、磐座を築いたり祀ったりしたのでしょう。昔から引き継いできた日本人の心、大切にしたいですね。
越木岩神社では、毎年椿祭りが(無病・厄除の祈りを込めて)行われているようなのですが、今年も3月23日と24日に斎行されました。私が行ったのはちょうど24日で、たまたまお祭りの日にあたり、境内神域には椿が咲き乱れ、約200種類の珍しい椿の展示もされていました。本殿の中も美しい椿で飾られ見事でした。磐座前のベンチに腰をおろし、美しい椿に囲まれ小鳥のさえずりを聞き日本の春を感じ、なんとも幸せな気持ちになりました。昔から大切に引き継いできた伝統ある地・日本人の心を改めて感じさせて下さる地をいつも整えていて下さる神職の方々に感謝したいですね。

廣田神社
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越木岩神社。手水舎には椿の花が。素敵です。
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階段の所にも椿が。
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本殿の中も椿でいっぱい。
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帰宅したところなのに、あと数時間したら埼玉県に行かなければならない|||(-_-;)||||||どうしても行かなければならない用事ができてしまって。でも、せっかく埼玉県まで行くから、氷川神社も行ってきます。旅のその2は、帰宅してからまた書きますね。しばらく日記を書けずにいましたので、心配してメール下さった方々もいました。ご心配かけてすみません&ありがとうございます。


つづく(^^)


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カテゴリ: 2013年3月24日〜4月1日の旅

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大雨の中 埼玉県までドライブ 楽しい1日でした~♪ 

Posted on  2013/04/04 Thu. 18:00   
旅日記 その2に行く前に、ちょっと・・・
昨日は、午前3時半出発して埼玉県に行ってきました。いつもと同じくちょっと早すぎるぐらいの出発。約束の時間は14時~15時なのに、いくらなんでも早すぎますよね(笑)早く起きすぎてしまい時間たっぷりだったので、予定してなかったのですが、ちょっと寄り道しちゃいました。富士山本宮浅間大社へ。ブログに「埼玉県氷川神社に行きます」って書いたら、出発数時間前に、お友達からメール。「氷川神社で会えますか?氷川神社から15分のところでお仕事していて、9時ごろにはお仕事終わるから・・・」って。ということで、お友達にも会うことに。
無事に会うことできて氷川神社で参拝。その後、調(つき)神社にも連れて行ってくれました。調神社、初めて御縁いただきましたが、このような流れにならなかったら絶対に行かなかったのではないか?と思われました。今回、どうしてもその地に行かなければならないことになってしまい、御縁いただきました。全く、別件で埼玉県に足を運んだのですが、結果神様に導かれていたのがわかりました。やっぱりこの世に偶然はひとつもないですね。鹿島神宮の高天原の件で大きな力となってくれているこの友達と一緒にお祈りすることになったのも偶然ではないのでしょう。この友達、氷川神社にものすごく縁深く、しかも今回私が用事ができて行った地のあたりに住んでいました。とっても柔らかく温かで純粋なエネルギーの方です。ニックネームは「因幡の白兎」、だから仲間内では「うさぎちゃん」とか「因幡の白兎さん」って呼んでいます(笑)
あちこち参拝して、お茶して、1時間お医者様と話して、その後またちょっと寄り道、神奈川県の江ノ島へ。
あっ 江ノ島の聖天島公園にある「龍宮神さま・天常立命さま・国常立命さま」が祀られている場所なのですが、鳥居が新しく変わりました。地元の方ではないのですが、K様という素晴らしい方がいらっしゃいまして、その方が「鳥居が朽ちてきて倒れそうだから」と、江の島振興連絡協議会の会長さまと江の島東町地区町内会長さまにお話をしてくださいました。地元の方々の理解あり、修復という形になりました。K様はじめ地元の方々の温かい御心に心から感謝します。ありがとうございました。皆様も江ノ島に足を運ぶ機会ありましたら、新しくなった鳥居をチェックしてみてくださいね。今日は、PTAの会議がありました~。平成25年度は教育委員長として動くのですが、4月から動き始めていては遅いと思い、まだ役員に就任する前である半年前から動きだしました。で、今日会長と話をしたとろ、私が提出したプロジェクトは既に教育委員会に届いたことが確認できました。会長や友達である副会長、そして先生方の協力のお陰です。本当にありがたいことです。
そして、明日は中学校の入学式♪娘の制服姿を見るのが楽しみです♪

江ノ島
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3月24日~4月1日の祈りの旅  その2 鷲林寺・神呪寺 

Posted on  2013/04/06 Sat. 10:08   
越木岩神社の次は、西宮市北西、六甲山系の中腹にある『鷲林寺(じゅうりんじ)』へ。今まで鷲林寺という存在も知らなかったのですが、出発直前にお導きありましてリストに加わりました。由緒書きを見てびっくり、その寺は空海に縁深き寺でした。約1200年前に淳和天皇の勅願を受け、空海によって開創された高野山真言宗のお寺で、ご本尊は十一面観世音菩薩様です。空海が、廣田神社に宿泊した時、教示されその地を訪れお寺を開いたそうです。とてもいいお寺で、とても素敵な住職様がいらっしゃいました。空海にとって懐かしい地・寺であり、とてもいい時間を一緒に過ごすことができました。
その次に訪れた地は、『神呪寺(かんのうじ)』。ここは、数年前から何回か訪れている寺です。初めて訪れたのは、何年か前のこと。ある方に出会った時、出逢った瞬間に私の魂を読み取り「神呪寺に行きませんか?あなたは、空海に縁が深いから・・・」とポソっと仰ったのです。私には、意味がよくわからなかったのですが、その数日後には、空海と真井御前(まないごぜん)の関係者と4人で神呪寺に足を運んでいました。なぜ、そのメンバーで足を運んだのかも、今は理解しています。その4人と空海と真井御前の関係性もわかりました。その後、多くの方から(魂を読み取れる方々)「あなたは空海と、とんでもなく縁が深いですね!」とか「あなたと空海の関係はなんですか?やけに近く感じます・・・なんなのでしょう?」とか。何も言わないのに、会った瞬間にこんなことばかり言われ続け今に至っています。神呪寺も鷲林寺同様、とってもいいお寺です。西宮市甲山(かぶとやま)町にある、真言宗のお寺です。淳和(じゅんな)天皇の妃である真井御前が空海に帰依し出家し、如意尼(にょいに)と称し、堂を建立したそうです。
お祈り終わって、ゆっくりして帰ろうとした次の瞬間「え~~っ!?登るんですか?」空海が甲山に登りたがってるのが伝わってきて(-_-;)ドヒャ~~ンって感じ(笑)だって、マウンテンブーツ履いて来なかったぁ~~でも、仕方ない。そりゃそうですよね~懐かしい地の甲山、現在どうなっているか自分で登りたいですよね。ということで、下の駐車場まで戻ってブーツに履き替えてきて甲山に登ることに。最初から予定している時は、きついの覚悟しているからいいんですけど、ここで登山になるとは予定してなかったので、ちょっと気持ちを切り替えて登山モードで頑張りました。小さな山なので、たいしたことないのですがネ。空海からのメッセージの中に『体に入ると そなたの心と我の心はつながる 我の今までの思いに決して同調せず 空海はこんな思いを持ち生き続け苦しみも悲しみも持っていたんだと思い感じるだけでよい・・・』とありましたが、神呪寺で空海があの時代に感じていた思いを感じ、心は複雑でした。

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カテゴリ: 2013年3月24日〜4月1日の旅

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その3 六甲山(白山神社) 

Posted on  2013/04/06 Sat. 13:25   
次なる地は、六甲山頂にある白山の宮(石宝殿)。日本の三名山(富士山・立山・白山)のひとつとして有名な霊峰白山の頂上に御鎮座されている菊理姫神様を祀る御社です。何度も行かせていただいている神社ですが、今回はちょっと流れが違いました。神社から数百メートル下って行ったところに「白山不動」という場があるのですが、そこで4人の方に出逢いました。しばらくお喋りして、さよなら~と別れたのですが、、別れ際に「あちらにとってもいい磐座があるから行ってごらん」と教えて下さったのです。感謝しながら磐座へ。とても立派な磐座で、浄化力のとても強い場所でした。今までこの地は何度も足を運んでいたのですが、磐座があるとは知らずで、今回たまたま出逢った方々が教えて下さらなかったら縁をいただくこともなかった。もう一度会ってお礼を伝えたいと思っていたところ、上の方の神社で再会。教えて下さったことのお礼をお伝えすることができ、とても嬉しい思いでいました。すると、その中の女性の方が「今からお昼食べるからあなたも一緒に食べていかない?」と誘ってくださったのです。「え!? いいんですか?」「もっとお話したいから、是非!」と強く仰られるので、お言葉に甘えることに。突然、お食事いただいてしまうので、先程の磐座の件のお礼も兼ねて「むすひ」の本をプレゼントしようと思い、下に停めてある車まで走っていき、本と名刺を取ってきました。そして、名刺交換。「主人の名刺ですが・・・」と差し出された名刺には「六甲山 石宝殿 白山の宮 宮司」と記されていました。「宮司様の奥様ですか?」「はい、さっき下に居た4人のうちの一人が私の主人の宮司です」と。びっくり!(゚O゚)こうして、社務所の中に案内されお食事を一緒にすることになったのです。お話を伺っていてわかったことなのですが、この方々が六甲山を守っている中心の方々だということ。現在の宮司様のお父様は、石川県の方で白山の菊理姫神様に御縁深き方。六甲山に導かれ、そのまま六甲山に住むことになり、六甲山を守ってきて下さったようです。現在の宮司様、奥様、そして他のお二人は長年の間、六甲山を守るため整えるために全力で取り組んでいらっしゃるということです。4人ともとても気さくで優しく心温か本当に素晴らしい方々です。奥様は、感じる力が強く神の意思を読み取ることができる方だったのですが、私が空海と共にそこに来たことを見事に見抜きました。美味しいおでんとお寿司をいただいてしまって、おまけにお土産までいただいて、そして最後に、特別に禁足地に入らせていただきお祈りさせて下さいました。そこには、六甲山大権現・龍王姫金神・八大龍王神・白山水天宮・御嶽大神・その他多数が祀られていました。思いがけず素晴らしい御縁をいただき深く深く感謝。楽しい時間は早く過ぎるもの、気づいたら3時間が経過。ですが、その日はあともう一ヶ所行って終了だったので、余裕 余裕と思っていたのですが、次の地をナビで設定して(|||_|||)ガビーン!なんと、六甲山から100キロある~~やばい!到着時間は17時30分。思ったより遠かった。ちょっとゆっくりし過ぎたかも・・・という感じで、次の地である伊和神社へ。

六甲山 石宝殿 白山の宮
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磐座
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白山の宮からお米いただきました
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カテゴリ: 2013年3月24日〜4月1日の旅

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その4 六甲山(北國新聞) 

Posted on  2013/04/06 Sat. 20:58   
2004年(平成16年)4月25日の北國新聞の記事です。(北國新聞ほっこくしんぶん⇒石川県金沢市に本社を置く株式会社北國新聞社が発行する地方紙)

霊峰 白山

「六甲山に白山神社があり、山頂から白山が見える」。登山愛好者から情報を得て、「六甲おろし」で知られる兵庫県の六甲山(標高931メートル)へ向かった。

震災犠牲者を追悼

宮司の山下清志さん(60)は宝塚市に住む会社員である。宝塚で山下宮司と合流し、車で頂上付近へ。「白山神社」と書かれた赤い鳥居が見えてきた。神社の中心である小さな祠は「石宝殿(いしのほうでん)」と呼ばれ、白山権現のご神体が祭られている。「白山姫観音」と名付けられた真新しい石仏は、阪神大震災の犠牲者を追悼する目的で建てられた。山下宮司によると、石宝殿は1613(慶長18)年、ふものとの農民が雨乞いの場所として建立した。神を怒らせると雨が降るという伝承があり、かつてはカエルや沢ガニを石宝殿に押し付けてすりつぶしていたらしい。「白山の神がいつごろ祭られたか詳しいことは分かりません。宮司不在で長らく荒れた状態だったのを私の父が昭和30年代に再建したんです。」聞けば先代の父親は石川県辰口町出身だった。飲食店を経営していたが、宗教に目覚め、奈良・大峰山や白山など全国の霊山で修行を重ね、六甲山にたどり着いた。

見えるからこそ

北陸の方向は濃いガスに包まれ、肝心の白山は見える気配がない。六甲山から直線距離で約200キロ。実は山下宮司もまだ白山を見たことがなかった。「父親は白山を拝んでいたようです。修行するうちに見えることに気づき、それでより使命感を持って白山信仰を復興させたのでしょう。」白山が見えることを山下宮司から聞き、写真撮影した人がいた。日本国際地図学会会員、辻本元博さん(58)=大阪府堺市=である。7年前に撮影した写真を見せてもらうと、確かに雪を抱いた山並みが遠くに映っていた。山岳専門誌にも「白山」として紹介されたという。ただし、これは望遠レンズによる撮影で、気象条件が整ったとしても六甲山からは肉眼でかすかに白い輝きが見える程度らしい。辻本さんはこんな推測をする。「白山を信仰する修験者なら、たとえ遠く離れた場所でも、拝みたい一心で白山の方角を眺めていたはずです。肉眼で見えるからこそ白山信仰がこの地に定着したんじゃないですか」白山研究者だった玉井敬泉は著作の中で「白山は1府12県から見える」と眺望範囲の広さを指摘している。六甲山は白山が望めるギリギリの場所である、そこには北陸とは違った眺望への格別な思いがある。

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カテゴリ: 2013年3月24日〜4月1日の旅

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その5(兵庫県→岡山県) 

Posted on  2013/04/07 Sun. 08:36   
六甲山 石宝殿 白山の宮の社務所で3時間も楽しい時間を過ごさせていただき、とても嬉しい気持ちで次の地である『伊和神社』に移動しました。伊和神社は、兵庫県宍粟市にあり播磨国一宮です。ご祭神は大己貴神、配神として少彦名神・下照姫神、境内末社にもいろいろな神々が祀られています。初めてでしたが、御縁いただきましたことに感謝します。24日に訪れる予定地全て無事に終了、ホッ=^-^=♪と一息。でも、夜のうちに兵庫県から岡山県に移動しておかなければならないのでまだ力は抜いてはいけません。運転ガンバです\(^▽^)/岡山県に入ったところで、温泉に浸かり1日の疲れを癒して、また運転。温泉600円でしたが、ちょっと高め。300円とか400円で入れたらいいかなって思ってるんですけど、私にとって600円は高い。今まで一番お安く入れたのは、東北のどこだったか?150円でした。もの凄くいい湯だったのにこのお値段は安い! もちろん、この日も寝るのは車の中。ただです(o^-^o) 気の向いたところに停車し、おやすみ~~~~って寝ちゃう。次の25日の最初の地は、石上布都魂神社だったので、そこまで行っておきたかったのですが「山の中で寝るのはやめなさい!もうちょっと人がいるようなところにしなさい・・・危ない」という忠告を母にされているので、山の中には入らずにちょっと手前にしておきました。私としては、山の中だろうが墓場だろうがどこで寝ても恐くないし気にならないのですが(笑)周りにあまり心配かけてもいけないので、ちょっと人間らしく、山に入る手前の広~~~い場で寝ました~♪ 母が買ってくれた、遠赤外線の毛布がポカポカで温かいんですよね~♪毎晩その毛布で寝るのが楽しみ♪楽しみ♪それに、3月10日にお茶会やったとき、素敵なプレゼントもらったんです。たくさんの方々からいろいろ素敵な物をいただいたのですが、その中のひとつは、私にピッタリのものでした。なんだと思いますか? 想像もしなかったプレゼントでした。なんと、ポッカイロ(笑)寒い中登山したり、車中泊している私のことを想ってくれて、ホッカイロをくれたのです(o^-^o) この毛布とホッカイロがあったらホカホカです。日本中の温泉に入り、日本中のそれぞれの地のエネルギーを感じながら星空や月を眺めることができるなんて最高の贅沢ですよね。

今回、24日からの旅に出る前に神々からメッセージいただきました。『24日から行く地すべてを、鹿島としっかり繋ぎなさい!』と。もちろん他の地とも繋ぐのは当たり前なのですが・・・鹿島神宮の高天原の地を整え、5柱の神々をお祀りすることは、日本列島を守るためには非常に重要になってきます。そして、それを実現するためには、鹿島だけの問題じゃないのです。日本列島のたくさんの地の神々のお力をお借りしないと実現しません。神々のお力、たくさんの人々の力合わさって初めて実現するかと思います。皆さまがいつも祈って下さる、行動して下さる、それが大きな力となります。ありがとうございます!!  

『祈りなき行動 行動なき祈りは 弱きもの。究極の祈りとは 全ての所作・発する言葉全てが祈りとなっているか、全てが神の意に叶っているか』

伊和神社
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カテゴリ: 2013年3月24日〜4月1日の旅

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その6(岡山県) 

Posted on  2013/04/08 Mon. 09:14   
旅の2日目は、岡山県赤磐市にある『石上布都魂(いそのかみふつみたま)神社』からスタート。備前の国一宮で、御祭神は素盞嗚尊様。明治時代までは、素盞嗚尊様が八岐大蛇を斬ったときの剣である布都御魂と伝えられていたそうです。明治3年の『神社明細帳』では神話の記述に従って十握剣と書かれているそうです。この十握剣を祀ったのが石上布都魂神社の創始と伝えられています。この剣は崇神天皇の時代に大和国の石上神宮へ移されたとされているそうで、石上神宮の社伝にもこのことが記されているそうです。つまり、大和の国の石上神宮の元社ということになる重要な神社だということですね。奈良県の石上神宮は、数ヶ月に一度は行くぐらい御縁深き神社なので、今回、その元社に行くことができてとても嬉しかったです。神社から奥の宮にいけるのですが、ほとんど下調べなく足を運んでいるので、また登山になるとは知らなかった~|||(-_-;)||||||数百メートルなので大したことはないのですが・・・頂上にたどり着いて、びっくり(*゚0゚)素晴らしく立派な磐座が! とてもクリアーで力強いパワーを発していて、それはそれは気持ちのいいスポットでした。本当なら1時間とか2時間ぐらいそこのエネルギーに浸りゆっくりできたらよかったのでしょうが、残念ながら時間なく、次の地へ。

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初めて御縁いただいた神社、吉備津彦神社と吉備津神社。備後一宮だけあって、とても立派で驚きました。新しく御縁いただいた神々に感謝のお祈りできてよかったです。ここでも、もう少しゆっくりしたかったのですが、時間の余裕がなくて残念! あっ ここの神社で、水琴鈴発見(o^-^o)。私は、バッグに水琴鈴をつけているのですが「何?今の音?なんかいい音したよね?」と頻繁に言われるのです。それで、私がつけている水琴鈴を見せると、「どこで買えるの?いいな~~~欲しい~~~」と言われるのです。奈良県の如意輪寺と青森県の十和田神社で買えるのは知っているのですが、他で買える所なかなか見つからなくて・・・でも、吉備津彦神社で発見したのです。頼まれていたので、8個買ってきました~♪この音聞くと癒されるんですよね~。ホントいい音。もし、水琴鈴のように一瞬にして、周りにいる人々の心を溶かし癒せるようにできたのならどんなに素敵なことでしょう。発する言葉だけでなく、発するエネルギーが水琴鈴のように柔らかで繊細で魂まで届くような美しい響きになれたらいいですね。目指せ、水琴鈴=^-^=♪です(笑)

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カテゴリ: 2013年3月24日〜4月1日の旅

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その7(岡山県) 

Posted on  2013/04/08 Mon. 12:14   
3ヶ所の神社に行った後は、愛知県在住のお友達の依頼で、岡山市のある方のお宅を訪問。話には聞いていたので覚悟していましたが(具体的に書けなくてすみません)最初完全に心を閉じて挑んできてる状態でしたが、時間と共に心が溶けて行き、完全に心を開いて下さいました。結果、良い時間を過ごすことができてよかったです。お昼までご馳走になってしまいました(^ー^* )♪ そういえば・・・友達との待ち合わせの場所を間違えてしまって、1時間程ずれてしまいました。待ち合わせ場所である会社の名前は同じだったのですが、営業所が違ってて、お互いに「着いたよ~~~」って言ってるのですが会えなくて「いったいどこに居るの???」ってなり、私が間違った場所にいること判明。ナビの設定をするときに間違ってしまったようなのです。ガ~~~~ンでした(|||_|||)しかし、その間違って1時間ずれたことも神のお導きだったと後になって気づかされるのです。

訪問終えてからは、福島県の方に会うことになってました。ブログに「岡山県吉備津彦神社に行きます」と書いたことで「神社で会えますか?」とメールいただいたのです。東北の地震のため、一時的に岡山県に非難して来てる方で、お友達と3人でお茶することになっていたのです。元気で一生懸命でとっても素敵な方、たくさんの元気エネルギーをいただきました。そういえば、この方「むすひ」の本を買って下さってるのですが、その本を弟さんに紹介しようと思ったら、既に弟さんも持っていた(゚゚)と。ブログの話をしたこともないのに、姉妹そろってブログを読み本を持っていたとは。そんなに有名なブログでもないのに、ブログに辿り着いて本まで読んで下さってるとは、本当に御縁に感謝です。お茶している時に黒住教の話をちょっとして下さったのですが、その時「ん? そこの山には神様がいらっしゃる気がするけど、どなたを祀ってみえる?」と聞いたら「よくわからないけど、黒住教の教祖様だと思うけど」と。アマテラス様がいらっしゃって呼ばれてるような気がするわ・・・心の中は、アマテラス様でいっぱい。気になって気になって仕方ない。お茶し終わった時は既に4時半ぐらい。さて、今からお友達を岡山駅まで送っていかなくちゃいけないけど、さっき言ってた山が気になる。どしても行きたい気がする。黒住教の教祖様のお墓があるだけとは思えない。私の行きたい気持ちを察してくれたお友達が「いいよ。私も行くから。駅に行く前に一緒に行ってみよう」って言ってくれて、一緒にいくことになったのです。山の頂上まで車で行ったら、事務所?と鳥居があったので、どなたかに聞くことに。その方曰く「ここは、黒住教の教祖様とアマテラス様をお祀りしています。」と。
「やっぱり~~~!!」ということで、鳥居をくぐり歩いて上までいくことに。行った先には・・・ど~~んとかなり大きく立派な本殿が。本殿前に辿り着いた途端、女性が目の前に出ていらして「今から太鼓をたたきますがいいですか?」と仰る。「え!?(゚゚)どうぞ?」「ちょうど17時ですので」本殿前にピッタリ17時到着で、太鼓でお出迎えされることになったのです。そして、太鼓を打ち終わった女性に「この御扉はいつも閉められているのですか?」とお聞きすると「いえ、いつもは開いているのです。でも、今日は、お清めのために閉めたままでした・・・ちょっと待って下さい」と言いながら中に入っていってしまわれました。しばらくして、出てみえました。「どうぞ中にお入り下さい」と。「え!? 入っていいんですか?」「はい、どうぞこちらへ」本殿に入っていくと、神職の方々が数名いらっしゃいました。「お清めがちょうど今終わったところです。どうぞ、ここでお祈りしてください。」と、後ろに数百並べてあるイスを一番前のド真ん中に置いたのです。「え!?こんな前でお祈りしていいんですか?」あり得な~~い!普通こんな前には座れない!という場にわざわざ場を作って下さりびっくり仰天。トップ級のおもてなしです。神職の方々は皆出ていかれまして、貸切状態でお祈りすることになったのです。伊勢神宮と同じような、清らかなエネルギーが充満していました。最高の出迎えを受け、最高の状態の中でお祈りでき、感謝感激。私は、どの宗教団体にも所属はしていませんし、今後も所属はしませんが、日本のいろいろな教祖様(既に亡くなっていて生存はしていません)や神々様から呼ばれるので、あちこちで祈ってます。いろいろな団体がそれぞれの地を大切に守ってくださっています。この地も、大神様がいらっしゃいました。岡山県の大事な聖地のひとつですね。素晴らしいです。今は、宗教の枠を超えて、この世もあの世も越えて、神も仏も人々も全てが繋がらなければならない時代です。待ち合わせ場所を間違えて1時間ずれたことによって、ちょうど17時に辿り着き、昇殿参拝をさせていただく流れになりました。17時より早く着いていたら、お清めが終わってなかったので、中に入ることはできなかったはずです。全ての導きに感謝します。

吉備津彦神社
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吉備津神社
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カテゴリ: 2013年3月24日〜4月1日の旅

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その8(広島県) 

Posted on  2013/04/08 Mon. 19:38   
祈りの旅2日目終了、次は広島県へ。この日は広島県のスーパー銭湯に入って・・・さて、今日はどこで寝よっかな~???って探しながら運転してたら、次なる地に着いちゃいました。寝る場を探してしばらくウロウロ。いいところ見つかり、おやすみ~。翌朝思いがけずに『厳島神社』を発見したので、ここからスタート。☆☆☆い~い感じの池だわ。地元の方の散歩コースにもなってるみたいだし。やっぱり早朝参拝は気持ちいいですね~♪
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その後、『吉備津神社』へ。ここはたくさんのお社があり、たくさんの神々がいらっしゃいました。早朝にもかかわらずたくさんの方々が参拝してました。地元の方に愛されて大事にされている神社で、とってもいい感じでした。あっ そうそう ももたろう発見♪=*^-^*=♪かわいくて、思わずパチリ=*^-^*=

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備後一宮は、吉備津神社と素盞嗚神社の2社あるのですが、次は茅の輪くぐり発祥の地である『素盞嗚神社』へ。
罪穢れを取り除き、心身が清浄であることを願うのが「茅の輪をくぐり」ですが、旅の途中、素盞鳴命が蘇民将来に温かいもてなしを受けた感謝のしるしとして茅の輪を授けられ、蘇民の一族が疫病をのがれることができたのが起こりで、備後風土記逸文に出てくる疫隈国社というのは、広島県福山市の素盞鳴神社のことだそうです。

広島県では、厳島神社も行きたい地であったので、最初は計画に入っていたし山口県も行くつもりだったのです。ところが、どうあがいても行けない状態になってしまうのです。何か違う力が働いているようで・・・こういう時は、流れに素直に従ったほうがいいので、厳島神社と山口県は、今回の旅から外してました(なぜ行けなくなってしまったのか?の理由もわかったので、またの日記に記します)ということで、広島では2ヶ所のみで、次なる地、島根県に向かいました。

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カテゴリ: 2013年3月24日〜4月1日の旅

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その9(島根県) 

Posted on  2013/04/09 Tue. 19:03   
旅日記に行く前に・・・今日は、母と名古屋の龍泉寺に行ってきました。数ヶ月に1回はお祈りに行くのですが、このお寺は、最澄が熱田神宮に参篭中、龍神の御告げを受け、龍の住む多々羅池のほとりでお経を唱えると、龍が天に昇ると同時に馬頭観音が出現したので、これを本尊として祀ったと伝えられています。そして、空海も、熱田神宮参篭中のおり、熱田神宮の八剣のうち三剣をこの龍泉寺に埋納しており、龍泉寺は熱田神宮の奥の院といわれてきました。このため、この寺は最澄と空海の開基ともされています。今日は、お祈りの最中にびっくりすることが(◎_◎;) お賽銭箱にチャリ~~ンとお賽銭を入れて、目を閉じて祈りを始めたところ、何かお賽銭箱のあたりでゴトゴト音がする。気にせず集中しようとするのですが、やけにガタガタ音がひどい。目を閉じたまま「いったいなんだ???」と。しばらくして・・・お賽銭箱の中から凄い勢いで猫が飛び出てきたのです。「わぁぁぁぁ~~~~~~o(@.@)o 」びっくりした~~~~~と同時に母と大爆笑。まさか、お賽銭箱の中から猫が出てくるとは思わなかったわ。その後、集中して祈ろうと思うのですが、思い出し笑いしてクスクス笑ってしまい、集中できず(笑)

では、旅日記の続きを(^_^)
次に訪れた神社は、石見国一宮『物部神社』です。ここ、素晴らしい神社ですね(゚O゚)たくさんの神々に出迎えられ圧倒されました。御縁いただけてよかったです。また行かせていただきたいです。

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次は、須佐神社に向かおうと車を走らせていたのですが、途中で違う方向に引っ張られてしまい、山の周りをぐるぐる回ることに(゚゚;)大己貴命さま?が、どこかで呼んでるぅ~(゚゚;)でも、どこかわからない、あの山だってわかるけど、祀られているのがピンポイトでどこかわからない(゚゚;)山が御神体だから、途中車を降りて、山に向かってお祈りするけど、う~~ん、どこかに神社もあるはずだと思うんだけどなぁ~~~どこなんだろう??? 道もあちこちに分かれていて、いったいどっちに行っていいのやら???天のナビしか頼れるものはない。あちこちぐるぐる回って、集落に辿り着いたのですが、なんだか見たことのある風景の気がする。地元の人に「このあたりにあの山にいらっしゃる神を祀ってる神社がないですか?」と尋ねたら、地元の人が丁寧に教えてくださいました。細い道をくねくねと入り込んで行って、目の前に鳥居が「あ~~~~~~~!」ここまで来てようやく気づきました。私は、ここに数年前に来たことがある。って(゚O゚;!あの時も、いく予定などなかったのに、神様の導きで引っ張られるように、ここに辿り着いたのでした。かなり田舎で、標識もなく、とても小さな神社なのであまり人は来ないのでしょうが、あの時も数時間、この山の周りでうろうろしていたのです。で、今回も同じことになってしまいました。目の前に来て初めて、完全に思いだしました。お呼び下さった神様はやはり、大己貴命で間違いありませんでした。今回、行く予定地には入ってなかったのですが、お呼び下さったことに感謝です。あっ この山の名前は『三瓶山』で、神社の名前は『三瓶山神社』=(元 佐比賣山神社)です。

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その10(島根県)佐太の大神様のメッセージ 

Posted on  2013/04/09 Tue. 21:03   
次は、何度も行かせていただいている『須佐神社』です。ここは、とても力強くて鋭いエネルギーなので、ほんわかしたところが好きだという人には、ちょっと圧倒されてしまうでしょうね。厳しくてビシっとしたエネルギーのところが好きだという方にはしっくりいくでしょう。私は、ここ大好きです(o^-^o) 何度来てもいいところです。

その後、『乙見社』⇒『出雲井社』⇒『出雲大社』⇒『阿須伎神社』⇒北山健康温泉に500円で入って、祈りの旅3日目(3月26日)は、どこだったか?駐車場で車中泊⇒3月27日 『多久(たく)神社』⇒『曽枳能夜(そきのや)神社』⇒『須我神社』⇒『熊野大社』⇒『鏡智山普賢院』⇒『神魂神社』⇒『八重垣神社』⇒『真名井神社』という流れで、参拝。

出雲風土記には、宍道湖を囲むように、四神名備の存在が記録されているのですが、「茶臼山」「朝日山」「大船山」「仏教山」の4つの山は重要。そして、それぞれの山麓には、「真名井神社」「佐太神社」「多久神社」「曽枳能夜神社」があります。この4ヶ所は以前も山の頂上まで行かせていただいていますが、今回もしっかりと繋ぐ必要があったので、行かせていただきました。そして、この島根の地と鹿島は当然のことですが、日本のあちこちを繋ぐ必要有りでした。

須我神社は、地域の方々が順番で社務所の当番をされているようなのですが、たまたまその日当番だった方とお話することになり、丁寧にいろいろな説明をしてくださいました。素敵な方々でした。お守りまでいただいてしまいました。須我神社、地域の方々に愛されとても大事にされしっかり守られている神社だからあんなにエネルギーが澄んでいるんですね。素晴らしいです。そして、奥の宮とされている八雲山の中には、物凄い磐座が!(ノ゚ο゚)ノ スーパーパワフルと言えるほどの力強さとバランスの良さと澄んだエネルギー。見事でした!!

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島根県に入ってから、佐太神社の佐太の大神様からメッセージいただきましたが、以下、そのメッセージです。

遠いところ、この地に足を運んでくれて、とても嬉しく思います

隠岐島は、とても空と人の気も素晴らしいところです

この地は、鹿島という地名があるように、そなたたちの行く鹿島と とても強い繋がりがあるのです

この地と鹿島を繋いでみてください

大きな力となりましょう

そして、この隠岐島の神々みなが、この日本を、この日本に住む人々を守る為に力になることでしょう

これらの繋がりは、日本の地を繋ぐ為に必要な繋がりなのです

そなたがこの時に、この地に呼ばれたこと

神々の思いの導きの結果なのです

神々との大切な時間を共に過ごすことで、神々の思いを受け取り、神々と共にこれからの未来を造っていくのです

来るべき時に招かれ

来るべき時に繋がる

これからも、他の地でもそうなるでしょう

これからも、神々と共に力を合わせてくれることを願っています

佐太の大神より
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櫛稲田姫命様からもいただきました。

寒いのに、今日も いつも、ありがとうございます。

出雲は神の国です。

この地に導かれた事は、たくさんの神々が、そなたたちの力になり、支え、助けるという事です。

日本の地を守る事は、人々を守る事にも繋がり、人と神が繋がる事にもなるのです。

寒くないですか?

体は、無理をしないでくださいね

これからも、よろしくお願いします。


櫛稲田姫命より

※この日、雨が降っていてかなり冷えていて寒くてブルブルだったのです。神さま優しいですね=*^-^*=
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どこまでも純粋に 

Posted on  2013/04/10 Wed. 08:21   
どのようにしたらもっと純粋になれるのか?と空海に問う
『自身他身一如と与(とも)んじて平等なり』
人を観る時は  その人の心で観る
花を観る時は  その花の心で観る
木を観る時は  その木の心で観る
草を観る時は  その草の心で観る
生き物を観る時はその生き物の心で観る
物を観る時は  その物の心で観る

自身他身が全くの同じということではなく、異なった存在がそれぞれの心となり、お互いを尊重しお互いの在り方を観る。自身と他身は別ではなく、同一であることを観じ、その命の響きを感じ取る。命の響きを感じるのは 痛くもあり 悲しくもあり 辛くもあり 美しくもあり 全てが混じりあってて涙が流れます。その人の心が純粋であればあるほど 心は痛むことでしょう。命の痛みは神仏が感じている痛みでもあります。体や心を痛める激しい修行ではなく、ただ 全ての存在の命の響きを感じようとする、ただ 全ての存在に対して優しくなる。ただ それだけ。それだけで神仏に近くなることができ、通じ合え一体となれるのです。強靭な精神を持ちながら どこまでも純粋に どこまでも優しく どこまでも愛深くなれるようになりたいです。

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その11(島根県 佐太神社) 

Posted on  2013/04/10 Wed. 12:49   
3月27日は、18時半~22時まで式参列予定でしたので、18時までには佐太神社に到着していなければなりませんでした。ということで、この日は、ちょっと早い時間帯に温泉に。ちょうど、玉造温泉(山陰を代表する温泉地だそうです)のあたりにいましたので、どこかお安いところを探すことに。事前に特に調べて行ったわけでもなく、いつもなんとかなるかなって感じなのですが、ここの温泉街高そうなところばかり(゚゚;)ウロウロすること10分。見つけた~~!なんとなく安そうな名前(笑)受付で聞いたら、400円。うん、納得。ここでOK。めでたく「玉湯温泉ゆ~ゆ」の湯に浸からせていただくことに=*^-^*=♪温泉から出たら、真っ黒のスーツ姿。式は正装で・・・ということでしたので、ここはピシッと決める。

あっ 佐太神社・・・今回、仮殿遷座祭が斎行され参列させていただくことになったのですが、どうして参列することになったのか、流れを話しておきますね。
今回の旅を計画していた時、最初は、山口県や広島県(厳島神社とか)も行こうと計画を立てていたのです。ところが、いろいろな流れや感じることがあり、どうしても山口県と広島県(厳島神社)を外さざるを得ない方向に導かれてしまうのです。どうあがいても、山口県とかに行くことができない。ということで、流れに逆らうことをやめて、今回の旅からそれらの地を外すことにしたのです。そして スケジュールを組んだのです。『佐太神社3月27日午後18時頃』。この日は、佐太神社あたりで寝ることになるな・・・っていう計画でした。そして、数日後のこと。家に届いていたお手紙をふと何気なくとって開封しました。それは、佐太神社からのお手紙でした。そこには、以下のように書かれていました。『謹啓 梅花の候 愈々御清栄のことと慶賀に存じ上げます 扨 当初四十年式年の御造営につきましては格別のご高配 ご懇情を賜り厚く御禮申し上げます お陰をもちまして御仮殿の建設工事も順調に進捗致しましたので左記により仮殿遷座祭を斎行致します 時節ご多忙の折とは存じますが御参列頂きますよう御案内申し上げます・・・』式の日にちを見て仰天。『平成二十五年三月二十七日 午後六時三十分』なんと、なんと、その時間私は、佐太神社にいるように計画を立てていました(◎_◎) ドンピシャです。偶然にしてはできすぎです。日にちも時間もピッタリとなると、もう偶然ではあり得ない。この27日に行くことになるために、いろいろな偶然が重なりました。母の数週間に渡る九州旅行、それが1ヶ月以上に伸びたこと、私の仕事のスケジュール、娘のこと、いくつもの偶然が重なり、27日という流れになりました。佐太神社の神様が呼んでくださったのかなぁ~?な~んて思っていた時「偶然ではない、そなたを呼んだ・・・」と佐太の大神様からズド~~~ン(◎_◎) と。イザナギノミコト様からも「いらしてください」とメッセージが。「ん?佐太神社にイザナギノミコト様っていらしたかしら???」と思いつつも、調べるのを忘れてしまって。でも、着いた時わかりました。佐太神社にイザナギノミコト様いらっしゃいました(o^-^o) 佐太の大神様も「よくいらしてくれましたありがとうございます たくさんの神々が楽しみにしていました」って迎えて下さいました。式の流れは、また次の日記に記します。

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※今日、3月10日 FC2ブログメールフォーム経由でメッセージ下さったYT様、お返事書いて送信したのですが、なぜか何度送っても戻ってきてしまいます。お返事できなくてすみません。そして、メッセージありがとうございます。直接、お返事できるといいのですが・・・
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カテゴリ: 2013年3月24日〜4月1日の旅

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その12(島根県 佐太神社) 

Posted on  2013/04/11 Thu. 21:11   
佐太神社の神々に導かれ仮殿遷座祭に参列することになったのですが、まさか島根県で3時間にもわたる式に参加することになるとは思いもしませんでした。6時半から始まり終わるのは10時。日は落ち雨も降っていたので、肌寒い日でした。境内入っていくと、お社は全部白い布で覆われていて何も見えない(゚゚)佐太神社では、このようなお祭りでは古来からこいう形で行ってきたそうです(何も見えなくてちょっと残念。でも、エネルギーは届いていますからいいのですが(^^))参列するお客様は約50人。神職の方々は20人ぐらいいらっしゃったような気がします。本殿前にイスが並べられ、そこに着席。まずは、代表の方のご挨拶と3時間にわたる式の流れの説明がされました。その後、全神職の方々が祭壇前に整列した頃は薄暗くなっていました。火が灯され、祝詞が唱えられ舞が始まりました。舞というと巫女さんが舞うものだと思っていたのですが、男性が舞っているのを見るのは初めてでした。女性は女性で素敵ですけど、男性の舞もいいものですね。とても素晴らしかったです。式は3時間続いたのですが・・・最初は、参列者全員で外での式があり、途中からは神職の方々だけが、本殿と仮殿の中に入り祈りを続けていました。一般の参列者は、外の席で休憩しながら待つということだったのですが、せっかく参列させていただいた貴重な時間だったので、他の方々はお話していたようですが、私は、中に意識を持って行き一緒に祈らせていただきました。鹿島の高天原の件はもちろんのこと、たくさんのことを深く深く祈りました。宮司様のお宅でお抹茶をいただいたこと、神々様・神職の方々・地元の方々・関係者の方々と共に、この貴重な時間を過ごすことができたことに心から感謝しています。
宮司様が最後のご挨拶で仰られた言葉が印象に残っています。『神社の御社を建て直す理由のひとつは、技術の継承。もうひとつは、神の意が延々と末永く続きますように!という意味もあると思うのです。』と。深い想いが込められた「遷座」。『神の意』とは、いったいどういうものなのか? 神仏は私たちに、どうあって欲しいのか? それぞれに考えたいですね。

2012年1月25日に書いた日記を再掲します。

空より広く、海より深い愛で包みたい すべての存在(いのち)を光として観るのが、神惟(かんながら)の道(=神の御心のままに) 我見で思えば、全ては歪んで観える。神仏の意に叶う想いで「惟(おも)う」のが、高次元の「お も う」 この世の全ての存在に、光の「たま」を観る時、あなたの心は大宇宙に融和し、すべてのいのちの輝きを感じることでしょう。そして、すべてが溶け合い、繋がりあい、自分自身であることを識(し)るでしょう。目の前の存在たちを観る時、惟神の意識で惟(おも)えば、宇宙と感応。私たちの器は、まばゆい光で満たされる。自他の区別なくなり、すべてが光(=闇)であり、広大無辺の命が智慧となり、溢れていることに気づくでしょう。すべてが、元ひとつであること気づき、すべての命を惟う時、我等の光、燦然と輝き、宇宙が最も望む自分に成ることでしょう。

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いただいたお赤飯は次の日の朝ごはんに
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お祭りは10時に終了、でも、まだ私の1日は終わっていません。まだ、次の地への移動が残っています。次の日の朝は隠岐の島に渡るために、その前に『三保神社』に行っておかなければなりません。ということで、三保神社まで夜のうちに行っておくことにしました。そして・・・三保神社、11時半到着(^^)う~~ん、三保神社前の駐車場で寝ようかと思って車を停めたのですが、う~~ん、ちょっと違うな~、なんだかしっくり来ない。しっくり来ないということは違うのです。ということで、三保神社からもっともっと先に運転して行くことにしたのです。で、先端の灯台のところまで来てしまいました。真夜中の灯台の駐車場はさすがに誰もいません。よし、ここ(^^)今日寝るところは、ここよ!納得です。海辺の灯台のあるところなので、風が窓にビュンビュンあたる音がちょっと賑やかな感じだけど、これも山と違った良さだよね(^^)せっかく海辺に来てるのなら、夜も海を楽しまなくっちゃ♪と、海風を感じながらおやすみ~~~♪でした。次の朝はもちろん、灯台のあたりをお散歩です。小鳥の声を聞きながらテクテクと歩いて灯台まで。先端まで行った時に「あ~~~~~!!こんな所に鳥居がぁ~~!!」昨夜、三保神社に泊まらず、わざわざ遠くのこの地まで引っ張られた理由がわかりました。大事な祈りのスポットがあったのです。鳥居は、海上4キロ先の島に向けて建てられています。沖之御前と地之御前、共に事代主神の魚釣りの島として伝えられていることから、現在も三保神社の境内となっており、毎年5月5日には三保神社で事代主神とその御后の御神霊をこの島から迎える神迎神事が続けられているそうです。お導きあり、祈ることができて良かったです(^^)感謝

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その13(島根県 隠岐諸島) 

Posted on  2013/04/17 Wed. 08:37   
仕事に家事に祈りの旅・・・と、毎日いろいろなことがありすぎて、日記書けず でした。前の旅の日記を書き終わる前に次の旅に行くことになり、昨日の真夜中に帰ってきました。

島根県への旅、記憶が薄れていますが(-_-;)続きを思い出しながら綴ってみます。その13です。
次の地は、隠岐の島だったのですが「いつか行かなければならなくなるだろう・・・」と数年前から感じていましたが、タイミングが来たようで、行かせていただくことになりました。行く直前に、スサノオ様から「韓国と中国とのこれからの関わりのためにも、しっかりと強化したい地である。しっかりと強化していただきたい。」というような内容のメッセージもいただいてました。佐太の大神様からも「鹿島の地としっかり繋ぐように」というメッセージも。今まで、日本の各地と繋ぐことは意識して祈ってましたが、韓国や中国との関係まで考えて祈ったことはありませんでした。このようなメッセージがくるとは想像もしなかったのですが、考えてみれば当たり前のことなのですよね。この地球は、日本だけで成り立っているわけではなく、他の国々も全部繋がっているのですから。隠岐の島、小さな島ではありますが、やはり重要な島のようです。

ご存知のように、隠岐はかつてユーラシア大陸の一部でした。そして、その大陸から分離して日本海が誕生し、隠岐諸島が形成されました。そのため、隠岐の地質や歴史や文化や自然環境などの資源は、世界的に見ても貴重であると認識されており、2009年10月には「日本ジオパーク(科学的に見て重要な、あるいは美しい地質遺産を有するだけではなく、歴史文化や生態系を含む大地の公園を指す)」に認定されました。さらに、現在は、ユネスコの支援する「世界ジオパーク」への登録に向けて活動を進めているということです。隠岐ジオパークは、島根半島の北40キロ~80キロの日本海に点在する4つの有人島と大小180余りの無人島からなる隠岐諸島が中心となっています。最初、旅を計画しようとした時は、一番大きいな島の隠岐の島だけでいいかな?できれば日帰りで・・・と思っていました。ところが、隠岐の島を詳しく調べるうちに、どうしてもこの4島全部に足を運ばなければならない!と強く感じることになってしまい、予定変更となってしまいました。しかし、この4島に行くには、どうしても3日かかることがわかり、え~~~~~3日もかかるの!?(◎_◎) って。しかも、車を船に積んでいくと、かなりの金額(◎_◎)時間もお金も無駄がないように、船のスケジュールを組んだり、レンタカーや宿の予約などするため、あちこち調べて旅のスケジュールを組むのだけで、ドッと疲れてしまいました。

火山島である島後・西ノ島・中ノ島・知夫里島を全部を3日間で回ったのですが、時間的にいっぱいいっぱいでした。隠岐諸島では、3日間お腹ペコペコ状態(笑)宿も一番安い宿を選び、お食事代もできるだけ節約ということで素泊まりでしたし、島にはコンビにもないし、お食事処もほとんどないと聞いていたので、最悪ほとんど食事はできないのを覚悟でした。観光地や街に行けば、少しはお食事するところもあったのでしょうけど、山ばかりに入りこんでいたので、お食事できるところも一切なしだし、お店もありませんでした。フェリー代やレンタカーや宿代が余分にかかるので、貧乏人はやっぱりきりつめるしかないですよね。でも、いいホテルや旅館に泊まったら、隠岐の島諸島だから、きっと美味しい海のお料理がたくさん食べれると思いますよ。隠岐の島には、たくさんの神社があるのですが、島自体が神の島という印象。素晴らしい自然と大地のエネルギーを受けて生活している人々は、皆優しく、ご縁いただいた全ての方々が温かで素晴らしかったです。西ノ島の焼火(たくひ)神社が建っている高い山は、カルデラ地形の中央火砕丘と呼ばれる火山跡ですが、神社は中腹に建っており隠岐で最も古い神社です。ここの磐座はものすごく立派で、磐座の中にお社の一部が建ってます。思いがけず、宮司様にご縁いただきました。磐座を眺めている時ふと後ろを振り返ると、人がこちらの方に向かって歩いてきてました。こんにちはと挨拶をして少しお話をする中で「地元のかたですか?」とお聞きすると「ここの者です」というお答え。宮司様でいらっしゃいました。いろいろな質問をしたせいか?「後で、社務所に寄ってください」と仰るので、由緒書きでもいただけるのかしら?と思いながら社務所へ行ったのですが「どうぞ上がって下さい」と仰る。(゚゚)ん??? 古民家のような素敵な作りの社務所。お部屋に入ると、宮司様がお抹茶をたててくださいました(゚゚)佐太神社でも宮司様宅でお抹茶を出されましたが、またここでもお抹茶をいただきました。正式な作法を知らない私は焦る(-_-;)20年程前にはすこ~し習いましたが、すっかり忘れてしまって(笑)もう一度しっかりと習ったがいいかもです。日本人としてやっぱりしっかりと知っていた方がいいですよね*^-^*お土産もいただいてしまい、感謝 感謝。船の時間があったので、あまり長くはお話することができなかったのですが、有意義な時間を過ごさせていただきました。時間ギリギリまで話していたので、その後はダッシュでした。全力疾走で山を駆け下り、車を走らせ、レンタカーを返し、船乗り場へ。この船を逃したら、次の日になってしまいます。もちろん、間に合わせました\(^▽^)/そういえば、次の日も全力疾走で山を走っていたのです(笑)隠岐の島諸島最終日の最後は、わりと余裕を持って行動していました。ところが船が出港する1時間半前になって、ある場所を発見!そこは、後醍醐天皇とゆかりのある東寺真言宗のお寺。そして、昔配流されこの地で無念の想いで亡くなった多くの方のお墓がありました。「ここは絶対に行かなければならない!」と感じるのですが、時間がない! 軽く往復1.5キロはありそうだし、なんと言っても山です。平坦な道なら1.5キロでもたいしたことないのですが、上り坂だと軽くというわけにはいきません。全力で走らなければ間に合わない。行くか?行かないか?を今すぐに決めないと間に合わない。船を逃したら、次の日になってしまうし(次の日の朝までには京都にいなくてはならなかったのです)・・・ぐずぐずしてる暇はない。間に合うか間に合わないかの瀬戸際なのでちょと迷いましたが、答えはYES!GO!でした。全速力で山を駆け上がり、祈って、駆け下りる。降りて来たときは、へとへと汗だく。時間ギリギリです。船乗り場まで行って、レンタカーを返して清算して、船の切符を買って、セーフセーフでした。連日全力疾走ドキドキの旅で3日間隠岐の島諸島は終了(笑)4島でしっかり祈ることができてよかったです(o^-^o)

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あちこち放牧ですので、道にも馬や牛が自由に歩いています。ほのぼのしてます。車は、牛や馬がどいてくれるまで、気長に待たなければなりません=*^-^*=♪
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焼火神社
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この崖は元々この場所にあった小さな火山(火砕丘)の断面。岩が赤くなっているのは、噴火で飛び出した溶岩のしぶきに含まれる鉄分が高温のまま空気にふれて酸化したためだそうです
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牛たちもの~んびりです♪
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島民や牛さんや馬さんたちのように、の~んびりとした柔らか~であったか~い雰囲気や心でありたいなって思いました。隠岐諸島さん、ありがとう!!です*^-^*
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3月24日~4月1日の祈りの旅  その14(鳥取県 大山) 

Posted on  2013/04/18 Thu. 07:43   
隠岐諸島での祈り終了、本土への船に2時間。あっ そういえば、レンタカーなのですが・・・普通レンタカー店は夕方5時とかに閉まってしまうのですが、交渉しだいで5時以降でも対応して下さる場合もあるので、もし、どうしても閉店以降しか辿り着けないという場合は、交渉してみてくださいネ。今回、船が着く時間が閉店過ぎだったのですが、なんとかならないか?ということで聞いてみたら、店は閉店して人は誰もいなのですが、車の鍵をロックされた場所に保管しておき、解除ナンバーを教えてもらうという形で貸していただけました。夕方のうちに車を借りておかないと、次の朝、日の出とともに活動開始できませんから。レンタカーショップが開く9時まで待って3時間~4時間程を無駄にすることはできません。お金の面でちょっと無駄が出てしまいますが、貴重な時間を無駄にはできません。

話は、本土への船上へ戻ります。船上での2時間は、六甲山でいただいた資料を読んだり、隠岐の島での旅を振り返ったり、今後の流れについて考えたり、海を眺めて楽しんだり♪・・・で、あっと言う間に、本土へ到着。行きは七類港、帰りは境港へ到着。車は七類港に置いてあるのですが、この船に乗らないと、本土へはこの日に帰ることができなかったのです。ここから、バスで七類港まで行かなければならなかったのですが、観光局でバスの時刻表をチェックしたら、なんと 待ち時間や乗り継ぎの時間も含めて2時間以上かかるそうで(◎_◎) う~~ん、この時間が無駄だ~~。この日は、そのまま京都へ向かうつもりでいたのですが、船の上でちょっと気が変わって・・・もし可能ならそのまま鳥取県の『大山(だいせん)』へと思ったのです。すぐに車に辿り着ければ、ギリギリ大山にも行けそうだ!と判断した私は、タクシーに乗ることに。タクシーなんて使ったことないのですが、ここは仕方ない。タクシーなら15分もかからないということでした。タクシー代1300円なら、お食事を2回程我慢するだけですからたいしたことありません。タクシー代をケチるより、日本列島のために祈りに行くことのがはるかに大事です。ということで、タクシーでビュ~~~ンって、七類港へ(^^)タクシーの中で知ったのですが、私が着いた港は、鳥取県だったみたい(゚O゚)知らなかったです。

無事駐車場に到着、ナビ設定、鳥取県『大山』にGO!です。数年前から、どうしても行きたかった!そしてどうしても行かなければならなかった山です。神様から呼ばれていることもはっきりわかっていました。念願の『大山』です。でも、残念ながら今回は山に登る時間はなかったので(中国地方第一の高さで1711メートルもある)、お寺と神社だけでした。駐車場に辿り着いて「え~~~~~また歩くの~~~~(-_-;)」神社やお寺までの参道は、結構距離があり往復数キロ。家を出てから1週間、旅の疲れがそろそろ出始めていたので、あまり歩きたくなかった~(笑)でも、ガンバ!です。本殿到着。「昇殿参拝ご希望の方は・・・」と書かれていたので、せっかくだから昇殿参拝をさせていただこうと申し込むことに。受付で申し込みをしようとすると、「う~~ん」と何か考えていらっしゃる。後ろを振り向き、宮司様らしき方に「よろしいでしょうか?」とお聞きしている。なんなのだろう?と思っていたら、「4時ちょうどなのですが、どうぞ」と仰られました。時計を見ると、針がキッカリと4時を指していました。昇殿参拝は4時までということで、私がちょうど4時に申し込みをしたから、どっちにしようかと迷ったようなのです。あと1分でも遅かったらダメだったみたい。ギリギリセーフだったようです*^-^*よかった よかった。
中に入ってびっくり(゚O゚)弊殿の白檀の漆塗りが見事!!壁には楽器を持ち音楽を奏でている飛天の様子が描かれているし、天井の枠も一枚一枚異なった絵が描かれています。全てが非常に美しく、うっとり、感動します。白檀の漆塗りが日本一壮麗であると言われるだけのことはあります。大神山神社に行かれたら、是非昇殿参拝してみてください。私もまた行かせていただきたいと思っています。次回は頂上まで登山です(o^-^o)

参拝終了、温泉タ~~~イム(^^)で、米子市の皆生温泉へ寄ることに。350円で温泉に入れてハッピー♪疲れをとってもうひと頑張り、夜の間に鳥取県から京都に移動しなければなりません。
無事に23時過ぎ京都に到着。この日は高速道路サービスエリアでおやすみ~~~~☆☆☆明日は、茶話会、ワクワク♪♪♪(^^)で就寝☆

大山駐車場あたりからの眺め
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カテゴリ: 2013年3月24日〜4月1日の旅

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その15(京都 茶話会) 

Posted on  2013/04/19 Fri. 22:42   
3月31日 午前10時から茶話会だったのですが、今回の茶話会の場所やお食事などいろいろなことをセッティングしてくれたお友達が「茶話会の前に伏見桃山陵と藤森神社に行きましょう!」と誘ってくれたので、朝7時に集合して行くことになりました。藤森神社、とってもいい神社です。御祭神は素盞嗚命・別雷命・日本武命・応神天皇・神功皇后・武内宿禰・仁徳天皇・天武天皇・崇道尽敬皇帝(舎人親王)・崇道天皇(早良親王)・伊予親王・井上内親王です。桃山陵も、とっても気持ちのいい気が流れているところで、朝のお散歩をされている方々も結構いらっしゃいました。桃山陵の先をもうちょっと歩くと、桓武天皇の御陵もあります。国常立尊さまから『神となった天皇のところに参れ』とメッセージいただいてから、随分たくさんの天皇の御陵ばかり行くことになり、御縁をいただいていますが、桓武天皇にも御縁いただき嬉しかったです(o^-^o) 桃山城のある公園も行ったのですが、ちょうど桜が満開で、最高にきれいでした。茶話会前に、既にかなり楽しい時間を過ごして大満足ハッピー気分で♪茶話会会場へ。今回の茶話会は19名、京都・大阪・兵庫・奈良と関西の方々が多かったのですが、前回私の家にいらっしゃった方が2名も愛知県から足を運んでくださいました。職業も活動も皆バラバラなのですが、皆前向き、良き日本・地球にして行きたいというのは共通。話盛り上がり、良き交流ができとても有意義で楽しい時間を過ごすことができました。会場は5時までだったのですが、2次会まで行き10時半までお喋り♪そういえば・・・茶話会の途中である方が入ってきた時びっくりしました。その方には、嵯峨天皇がついていらっしゃったのです。近々出逢うことになるだろうことは予想していましたが、まさかこんなに早く出逢うことになるとは(◎_◎)空海の魂が入ってから10日目。それに、まさか茶話会に嵯峨天皇がいらっしゃるとは思いもしませんでした。嵯峨天皇がついていらっしゃる方は、氣の達人であり、ご自分でも、嵯峨天皇が自分についていらっしゃることをご承知で、やはり良き日本にするために日本で大活躍していらっしゃり、とても素晴らしい氣を発している方でした。空海と一緒にいる私の氣も読み取ったから大感動。ご存知のように、嵯峨天皇と空海は、深い深い関係。京都の東寺は嵯峨天皇が空海に贈ったお寺ですよね。空海と嵯峨天皇が、大喜びしているのもわかりましたが、体のある私たちも大喜び。私も感動して嬉しくて仕方なかったのですが、彼も嬉しくて仕方ないようで、帰るまでに4回ほど握手されました(笑)そして、丹後のある禁足地に一緒に行くことを誘われました。普通は入れない地で、宮司様かその地の古老か彼の許可した者のみしか入れないそうです。日本を根っこから立て直すために、行く必要のある重要な地であると捉えています。6月頃に行くことになりそうなので、またその頃、ご報告できると思います。素晴らしい出逢いがあり、いろいろなことが学べる茶話会、これからもあちこちでできるといいなあ~と思っています(^^)セッティングしてくれたお友達が「定期的にこういう会をやっていきたい・・・」と言っていたので、また京都で開催されると思います。いろいろな特技や力を持った人たちが集まり、情報交換したり、シェアしたりできる場があるというのは素晴らしいですよね。とても素敵な方々に御縁いただけたこと心から感謝しています。セッティングしてくれたSさん、参加してくださった皆様、ありがとうございました!

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3月24日~4月1日の祈りの旅  その16(京都 醍醐寺・東寺) 

Posted on  2013/04/20 Sat. 08:50   
家を出てから9日目を迎えました。毎日朝早くから夜中まで動き続けてたので、ちょっと疲れ気味。最後の日は、京都のお寺にたくさん訪れるつもりでいました。まず、醍醐寺から行こうと、6時前に起床。6時半には、醍醐寺に着いたのですが、門が開いてない。守衛さんが「7時半なら開きますが・・・」と仰るので、門を離れ待つことに。そして、7時半にワクワクしながら♪駐車場に停めたのですが、なんと、「お寺9時まで開きません」とのこと。え~~~~(゚O゚)そんなに待たなくちゃいけないの!? でも、駐車場のお金は払ってしまったし・・・う~~ん、仕方ない。醍醐寺敷地内に咲いている桜でも眺めて待つことにしよう・・・ということで、朝からお散歩とお花見(^^)お寺は開いてないし、平日でもあったのですが、桜が満開ということで、9時までにはかなりの人が集まってきました。待っている間に守衛さんに醍醐寺のことをいろいろ聞いて調査。いつものことなのですが、あまり詳しく調べて行かないので、真言宗のお寺だということだけは知っていたのですが、その敷地がどれだけ広いかを把握していませんでした。行ってみてびっくり(◎_◎)とんでもなく広い!私は、1時間もあれば余裕で参拝できると思っていたのです。 皆さんご存知なのでしょうが、上醍醐と下醍醐に分かれていて、上醍醐はなんとはるか山の向こうの頂上にあるということを知りました。で、そこは車で行けるのですか?と聞くと、「いえ、車では行けません。往復数時間かかります。」と仰る。(|||_|||)ガビーンでした。また、今日も歩くのか~(-_-;)覚悟決め、登山靴に履き替えました。今日は、歩かなくていいと思っていたのに~~~~~~~~~歩くの嫌いじゃないし、どちらかというと好きなのですが、やっぱり誰でも体が疲れきっている時は歩きたくないですよね。ということで、下醍醐上醍醐両方行き丁寧にお祈りしてきました。下醍醐は物凄い数の人でしたが、上醍醐はそれ程たくさんの人は登っていません。あっ、そういえば・・・途中、ある年配の女性と男性に出逢ったのですが、私の前で突然涙をポロポロ流しびっくり(゚゚)突然「88ヶ所参りしたんです・・・」と涙 涙。とても美しいエネルギーを発している女性で、ただ ただ私の顔を見て涙を流すのです。隣に居た男性が「この人、魂が反応すると涙をこぼすのです・・・」と一言。「そうですか~実は、空海と縁が深くて、今日は一緒に来てます」と言うと、さらに涙ポロポロ。何も言わなくても分かる人には分かるんですね(^^)結局、醍醐寺は待ち時間入れて、6時間半も居ました(゚゚;)醍醐寺堪能で14時に終了。さて、次は、東寺です。東寺は嵯峨天皇から空海に贈られた寺で真言密教の根本道場として栄えた寺です。17時に閉まってしまったので2時間ぐらいしか居ることができませんでした。敷地はそれほど広くないので、ひと通りゆっくり参拝するには2時間ぐらいあれば大丈夫なのですが、私には全く足りなかった。東寺は、6時間ぐらいは居たかったです。空海の思い入れの深いお寺です。もう一度行くことになるだろうな・・・と思っていたら「何回でも行くことになる・・・」と空海から言われた(笑)あはは~そうですよね~もう1回ぐらいじゃすみませんよね。死ぬまで何回も通うことになりそうです(笑)

ってな感じで、3月24日~4月1日の旅は無事に終了\(^▽^)/充実した、良き祈りの旅になりました。これも、いつも見守って下さってる神仏、ご先祖様、応援して下さってる皆様方のお陰と心から感謝しています。いつも祈って下さり、応援して下さってありがとうございます!

次は、4月14日から行った高野山の旅について書きますね。実は・・・高野山から帰ってきて4日しかたってないのにまた今晩から高野山に行かなければならなくなっちゃいました(◎_◎) 前回行った時、ちょっとありまして、再度行かざるを得なくなりました。なんか高野山も通うことになりそうね(笑)和歌山県だからちょっと遠いので、ガンバです(^^)

では では またの日記で(^^)

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4月14日~の旅  その1(高野山 慈尊院) 

Posted on  2013/04/23 Tue. 09:29   
4月14日から高野山へ。今回は、空海にお任せで動くつもりだったので、1日になるのか?2日間になるのか?3日間になるのか?それとも4日間になるのか?さっぱりわからずで出かけました。いつものように奈良県天理ICで降りて高野山へ向かうつもりでいたのですが、天理ICの所で「キャ~~~降りれな~~~い(◎_◎)。と大慌て。「まただ(-_-;)どこかに引っ張られてる」仕方ないのでそのまま流れに任せて運転。、 郡山ICも通り過ぎてしまい、降りれたのは法隆寺ICでした。まぁ いいっか~と深く考えずにいつもと全然違う道を通って高野山に向かっていました。数十分たってその理由がわかりました。私がいつも行く御縁深き神社の目の前まで引っ張られてしまいました。いつもとは違う道で、裏道から来たので目の前に来るまで気づきませんでした。そこは、奈良県に行く時はほぼ毎回寄るぐらい縁があり好きな神社なのです(鴨都波神社)高野山に行くときは、天理ICで降りると、そこの神社からは離れてしまって目の前は通らないし、今回は寄るつもりがなかったのですが、やはり素通りはできなかったようです。神様の引っ張る力は半端ないですね。絶対に抵抗できないし、強烈です。お祈りし終わったら、宮司様から声をかけられご挨拶。何度も何度も足を運んでいるので、ここでは常連(^^)私が岡崎市在住だということも覚えてくださってるようで、私の知らない地元ネタを話してくださいました。とっても素敵な宮司様です。思いがけず、大好きな神社に寄らせていただくことになり、よかった よかったと、とってもいい気分で駐車場に戻った時、母からメール。メール見て2度目の「キャ~~~~~~!!(◎_◎;)」。「お弁当忘ちゃったね~」というメールだったのです。そういえば・・・お弁当が車に乗っていない・・・ガ~~~~ン(-_-;)メール来て初めて気づく。せっかく2時に起きてお弁当作ったのに・・・ショック~~。まっ でもたいしたことではないので、テンションが一瞬下がりましたが、それもほんの一瞬。次の瞬間にはスッカリ忘れて、高野山ルンルン♪♪♪って運転してました(笑)

今回は、高野山に行く前に、『慈尊院』を訪れることにしました。慈尊院の存在はずっと知っていたのですが、今まで行くことはありませんでした。しかし、今回は、どうしても行きたい!という強い想いが湧き上がってきていたので、行かせていただくことになりました。

《慈尊院の説明をウィキペディアから引用します。》

弘仁7年(816年)、空海(弘法大師)が嵯峨天皇から高野山の地を賜った際に、高野山参詣の要所に当たるこの九度山の雨引山麓に、高野山への表玄関として伽藍を創建し、高野山一山の庶務を司る政所(寺務所)を置き、高野山への宿所ならびに冬期避寒修行の場とした。

高齢となった空海の母・阿刀氏(伝承では玉依御前)は、讃岐国多度郡(現:香川県善通寺市)から息子の空海が開いた高野山を一目見ようとやって来たが、当時高野山内は7里四方が女人禁制となっていたため、麓にあるこの政所に滞在し、本尊の弥勒菩薩を篤く信仰していた。空海はひと月に9度(正確に9度というわけではなく、それだけ頻繁にということの例えだと言われている)は必ず20数kmに及ぶ山道(高野山町石道)を下って政所の母を訪ねてきたので、この辺りに「九度山」という地名が付けられた。

空海の母は承和2年(835年)2月5日に死去したが、そのとき空海は弥勒菩薩の霊夢を見たので、廟堂を建立し自作の弥勒菩薩像と母公の霊を祀ったという。弥勒菩薩の別名を「慈尊」と呼ぶことから、この政所が慈尊院と呼ばれるようになった。空海の母がこの弥勒菩薩を熱心に信仰していたため、入滅(死去)して本尊に化身したという信仰が盛んになり、慈尊院は女人結縁の寺として知られるようになり、女人の高野山参りはここということで「女人高野」とも呼ばれている。(引用終了)

慈尊院で祈っていたら、心が苦しくなってきて、しばらく、空海と空海の母の想いと弥勒菩薩様のエネルギーを感じてました。ここで、その日3度目のドヒャ~~~~~(◎_◎;) でした。「うそでしょう~~!?マジで~~~!?ホントに!?」かなり慌てる(-_-;)「う~~ん、仕方ない・・・はい、歩いて登ります・・・」とひとりでぶつぶつ言いながら、覚悟を決めました。寺務所で時間をチェック。なんと、頂上までは片道7時間!と仰る。「ゲ~~~~~
(◎_◎;) 」です。今まで、高野山には歩いて登ったことは一度もなく、いつも車でした。その日も、歩いて登るつもりは100%なかったし、車で頂上まで行くつもりでした。実は、前日のことなのですが・・・旅の準備をするために、服をカバンに詰めている時、なぜか?登山用の服を入れていたのです。それを見ていた母が「あれ?また山登るの?」と聞いたので「ううん、今回は登らないよ。高野山だけしか行かないし、高野山は車で頂上まで行くから・・・」「じゃあ なんで山登りの服入れてるの?」「ん?わからん。なんか持っていったほうがいいような気がする・・・」という会話をしていました。山に登る予定のない時は、山の服装は持っていかないのですが、この時は、なぜかわからなかったけど、入れたのです。慈尊院に来て、その理由がわかりました(^^)持ってきてよかったです。ということで、予定完全に変更、この日高野山に歩いて登ることになったのです=*^-^*=♪

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4月14日~の旅  その2 (高野山 丹生官省府神社) 

Posted on  2013/04/24 Wed. 15:01   
まさか まさかの展開Σ( ̄ロ ̄lll)突然高野山に歩いて登ることになるとは想像もしませんでした。私の旅は、ほぼ毎回何か予測もしなかったことが起こるので、慣れてはきましたが、それでもいきなりこういう展開になると、やはり驚きます。歩きと決まったら、ぐずぐずしてる時間はない。水を買いに行き、再度 慈尊院に戻り駐車場に車を停めて、登山用の服に着替えて、登山靴に履き替えて、リュックを背負って、準備完了(^^)慈尊院からのスタートです。まずは、慈尊院から119段の石段を登ったところにあり、世界遺産である丹生官省府神社(にうかんしょうぶじんじゃ)に立ち寄ることに。

《以下 丹生官省府神社のパンフレットから引用》

御由緒  当神社の草創は古く弘仁七年(八十六)弘法大師(空海)によって創建されました。
空海(弘法大師)は、真言密教修法の道場の根本地を求めて東寺(京都)を出立ち各地を行脚され途中大和国宇智郡に入られた時、一人の気高い猟師に出会い高野という山上の霊地のあることを教えられました。猟師は従えていた白・黒二頭の犬を放たれ空海を高野山へと導かれました。此の処は天下無双の霊地であり、空海は此の処を教えて下さった猟師は神さま(地主神)が姿を現し、化現狩場明神(けげんかりばみょうじん)となり神託として一山(高野山)を与えて下さったものであると、想念の内に感得されたのでした。その事を嵯峨天皇に上奏し天皇は深く感銘され、高野山を空海に下賜されたのでした。狩場明神尊い導きにより開山するすることができた高野山の金剛峰寺。空海はその思いを政所として慈尊院を開いた時、参道中央上壇に丹生高野明神神社を創建奉祀(現丹生官省府神社)され、諸天善神への祈願地としてこの地を天と神に通じる地、即ち神通寺(じんつうじ)の壇とし、慈氏寺(じしじ)の壇と併せて萬年山慈尊院と称されたのでした。弘法大師によって創建鎮座爾来御社号も丹生高野明神、丹生七社大明神、丹生神社、丹生官省府神社と変遷し、県内外を問わず尊崇を受け官省府荘(荘園)の総社(総氏神)として栄えました。紀伊名所図絵(天保年間)では、数多くの御社殿等が立並び荘厳を極めていましたが明治維新後、神仏判然令(神仏分離令)等により多くの建物は取り除かれ、天文十年(一五四一=室町時代)に再建さた本殿三棟(国指定重要文化財)が往年の姿をとどめています  (引用終了)

丹生官省府神社に到着したら、人がたくさん集まっていてなんだかお祭りのような様子。本殿前に行こうと思ったのですが、今にも式が始まりそうな感じで・・・ちょっと遠慮して後ろに立ってました。すると、横から案内の方がいらして「どうぞ前に行ってお祈りしてください」と前に導いてくださいました。「え!?いいんですか?式が始まりそうですが・・・」「いえ、大丈夫です。どうぞ」と仰る。ということで、勧められるままお賽銭箱の前ド真ん中に立たされることになってしまいました。本殿の中にいらっしゃる方は、左右両側に向かい合って座っており、その方々の全員の視線が私の方に向けられたと思ったその瞬間、全員御低頭いきなり祝詞が始まってしまい、そのまま私も動けなくなってしまいました。その日4度目のサプライズ(◎_◎) 本殿中にいらっしゃる方も外の私の後ろにいらっしゃる方も皆頭を下げて静かにしているので、流れに従って一緒に祈るしかなく・・・そのまま、祝詞は続き、お祓いまで一緒にしていただいてしまって・・・なんだかよくわからないけど、お祭りに飛び入り参加で、タイミングよく?ド真ん中に立たされてしまい、祈ることになったのも偶然ではなかったのか?と不思議な気持ちでした。やはり、空海の御縁なのでしょうかね~?=*^-^*=♪

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4月14日~の旅  その3 (高野山) 

Posted on  2013/04/25 Thu. 12:48   
標高約800メートルの高野山へと続く7つの参詣道のうち「町石道」は、九度山の慈尊院から約23キロ片道約7時間のコース。高野山開創直後に建設され、道沿いの一町(109メートル)ごとに五輪卒塔婆が建ってます(鎌倉時代以降、天皇や貴族によって寄進されたこの卒塔婆、現在でも216本の町石が現存しています。一応地図をいただいて登り始めたものの、すごい距離のようで、平坦な23キロはたいしたことないけど、上り坂のある23キロってやっぱりきついのです。当時、空海の開いた寺を一目見ようと空海の後を追おうとした母。女人禁制のために山の中には入れない。母親思いの空海は、山麓にいる母に会うために何度も通っていたそうです。山に入ってすぐ、空海と空海の母の想いがじわ~~っと伝わってきて、なんだか悲しく切なくなってしまい、涙溢れてしまいました。母を大事にしたい想いがあるのに、自分は高野山の地で、日本のために密教を広め、日本人を導き心をひとつにまとめ精神文化の基礎を創り上げるという事をやり遂げなければならない。空海の苦しく心痛い想いがよくわかりました。頂上にある根本道場である大伽藍始め、金堂や大塔や西塔や奥の院や金剛峯寺などを訪れて感じるのもいいのですが、空海や高野山のことをもっと理解したいのなら、高野山を下から往復46キロ祈りながら歩くことをお勧めします。空海がこの道をどんな気持ちで登ったり降りたりしていたのかが痛いほどわかることでしょう。

途中で出会う人たちといろいろ話したのですが「え~~~頂上まで行くの!?凄い距離だよ~」と皆仰る。たくさんの方々に出会ったのですが、誰一人として頂上まで行くという人がいなくて、途中で引き返すとか、途中でグルッとまわって別の道で帰るとか仰るし、この時間から登るのでは往復は無理だよ・・・とか・・・歩きで登ると最初からわかってたらもう少し早く出発したのですが、出発時間が既に遅いので、ちょっと無理がある。それでも、頂上まで登りたいという気持ち。行けるか行けないか全くよくわからない状態で登ってて、「う~ん、行けないかも?ううん、もしかしたら行けるかも?」っていう感じで登ってました。しかし、きつい! 「空海さ~~ん! きついよ~! こんなすごい所をお母様に会うために登ったり降りたり何度も何度も通ってたの~~!?半端じゃないね~この距離(”ロ”)・・・」とぶつぶつ空海に話かけながら登ってました(笑)あっ でも、空海は喜んでた=*^-^*=♪

あっ で、結局、頂上まで登っちゃいました~\(^▽^)/やった~~\(^▽^)/ばんざ~~~い\(^▽^)/
頂上まであと数十メートルというところまで来た時、車道への入り口の所に外国人の少年が立っていたのですが・・・「え~~!こんなところから人が登ってくるよ(◎_◎) 」と、まるで宇宙人を見るかのように珍しげに私をじっと眺めて視線を外さない。その横にはお母さんらしき超美人の女性。これまた、珍しいものを見るような目でじっとこちらを見ているのですが、とびっきりの笑顔でニッコニコ。頑張れ!頑張れ!って応援してくれてるのが伝わってきました。早く登ってきて、この人と話した~~~~~~~い!って感じの笑顔でこちらを見ている。ということで、登りきって出迎えてくれたのは、インド人の親子でした(^^)話したくて仕方ないという笑顔でしたので、こちらから話しかけることに。幸い英語が通じました(^^)インドの方は、結構インド訛りがあって聞き取りにくいのですが、この方の英語には癖がなくとってもわかりやすかった。仏教の聖地に到着して、仏教の本場のお国の方が出迎えて下さるとは思ってもみなかったわ。15分程会話を楽しみまして♪「家族と友達を紹介するから、こっちに来て」って言うので、ちょっと場所を移動、そしてアメリカ(サンフランシスコ)から来たお友達数人と合流して、国際交流♪最後に「あなたアメリカ人でしょ?」って言われて「え!?日本人だよ」「え!?アメリカ人だと思った(゚゚;)どうして英語喋れるの???」やっぱり、日本人は英語が喋れないと思われているようです(-_-;)オーストラリアに行った時も、日系のアメリカ人に間違われたのですが、やはりオーストラリアでも、日本人が英語喋れないのは常識のようです(-_-;)日本人、言語教育頑張らなくちゃいけませんネ=*^-^*=

頂上まで辿り着いたのですが、この日はあちこち行く時間なかったので、すぐに下山。私は車中泊ですから車がないとネ(^^)結局、下山して慈尊院に辿り着いた時は真っ暗。めでたく無事に高野山登山終了で、ばんざ~~~~~~い\(^▽^)/真っ暗の中、慈尊院と丹生官省府神社に再度行き、無事に行ってこれたことのご報告と感謝の祈りをして、温泉とお食事へ。その後、今度は車で高野山の頂上へ。時間は真夜中。この日は、高野山の駐車場で寝ることに(^^)心も体もポッカポカ、素敵な1日でした~~(^^)

石の鳥居が二つ並んでいます。丹生都比売神社の遥拝所。
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町石道の五輪卒塔婆(高さ約3メートル)。もとは木製の卒塔婆でしたが、それが朽ちたために石造になったそうです。それぞれの町石には密教の諸尊を表す梵字が刻まれています。かつて人々はこの石ひとつひとつに祈りながら登ったそうです。
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4月14日~の旅  その4 (高野山) 

Posted on  2013/04/26 Fri. 14:31   
高野山2日目は、壇上伽藍始め、金堂・大塔・西塔・・・など、8時間かけてあちこちで祈りました。第2日目も絶好調!と行きたかったのですが、この日は朝から体の調子がかなり悪くて・・・朝起きた時は、絶好調だったのですが、ある場所に行って祈った時から、おかしくなったのです。その後、立っていられない、歩けないという状態に。右の背中上部から腰にかけて斜めにもの凄い痛みが突き抜けて、立っていられない。あまりの痛みで地面に手をついてしゃがみ込む。しばらく休憩して、また歩こうとするのですが、数十歩歩いて、またしゃがみ込む。ベンチがあれば、そこに座り、石垣があればそこに座る。100メートル歩くのにどれだけ時間かかってるの!?っていうぐらいのスピード。いつもの私のスピードからすると、あり得ない、というスピードです。こんな状態ではありましたが、行かなければならないスポットは全部行って祈ってはきました。しかし、痛い! あちこち座って暇そうにしているから(ホントは顔をしかめる程痛くて息も絶え絶え辛かったのですが)いろんな方から声かけられ世間話もいっぱいしました。私は、もっぱら聞き役に徹してました。皆さん自分の人生のこと、大変だったことなど誰かに聞いて欲しいんですネ(^^)痛みのお陰で、いろいろな方の御心を受け止めることができお役に立ててよかったです。この痛みの原因は、なんとなくわかってはいたのですが、その日は『立里荒神(たてりこうじん)』に行かなければならなかったので、そのままそちらに向かってしまいました。立里荒神(荒神社)は、奈良県吉野郡荒神岳の頂上にあり、空海が高野山を開山する際に勧請したとされる神社です。

《三宝大荒神略縁起》案内版には以下のように書かれています。

大和国吉野郡池津川の南に当りて海抜四千二百余尺の高峯荒神ヶ岳という所に三宝荒神の御社あり。本地は阿弥陀如来ましまし当所の鎮守なり。 抑も当社の由来を尋ぬるに弘法大師御勧請の霊神と申伝うるなり。 往昔人皇五十二代嵯峨天皇御宇弘仁七年、大師高野山伽藍を開基し給う思召にて初めて御登山これあり。今の檀場にて地鎮の法を修行し給う時、俄かに天地振動し東の方より黒雲たなびき其中に異類異形の夜叉神顕われて大師の御建立を妨げんと種々の障碍をなしければ、大師暫く修法を止め、汝は何者ぞと問い給う。夜叉答えて曰く我はこれ荒神ヶ岳に住む神也、我別に神体なし、汝は則一切衆生本有倶生障(しゅじょうほんうぐしょうく)の惑貪瞋痴(わくどんしんち)の三毒にして一切衆生の善根功徳を障うる神なり我に九億九万八千五百七十二神等の眷属ありて、衆生の悪業力に因って、彼の眷属を不信心の家に遣し日々に七難を起し夜々に七福を滅して貧窮無福の人となさしめ、一切の善事を障うるなり。若し衆生有て、勇猛精進にして種々の供具を備え、一心に我を祭らば速に本に帰し三宝荒神と現じ一切の障碍悉く消滅し一切の諸願立所に満足せしめん、七難即滅七福即生は我第一の誓願なり、汝先我を供祭せば必ず大願成就すべしと云えり。依て大師無二の信心を凝し一枚の板に三宝荒神の御像を画きて本尊となし、一七日の間荒神供を御修法ありて、伽藍繁栄、密教守護の祈誓をなし給うて、檀上の鬼門に荒神の社を勧請あり。而して後に大伽藍を御建立ありけるに何の障もなかりき、故に大師御一生の間は、毎月当山にご参詣ありしとぞ。其後第二祖真然僧正を始めとして、代々の高僧各意願ある方々は参詣ありけるに諸願満足せざる事なし。


参拝終わり、帰ろうとした時、ちょうど年配の女性と男性が登ってきました。「こんにちは~(^^)」とすれ違った瞬間、その女性の発している氣に反応。お~~~ものすごくいい氣を発してるなぁ~(^^)と、帰れなくなってしまいました。で、そのままその方が階段を登って行き祈る姿を見ることに(^^)お賽銭入れて、祈り始めたその瞬間、「お~~~やっぱり思った通り、プロだわ!」見事な祝詞とお経を唱えました。せっかくなので、後ろで再度頭を下げてお祈りさせていただきました。祈りが終わり、その彼女に話しかけました。さっき挨拶した瞬間に、神事を本格的にやってるプロだと思ったことを告げたのですが、彼女も同じく感じ取っていたようでした。金峯山寺で何年か修行をされた尼僧さまでした。服装は、かわいいブラウスを着て普通の格好をしていて尼僧さまには見えないのですが、やはり、発している氣は正直、一切誤魔化すことはできませんね。空海とかなり縁が深いと仰ってた彼女、突然何を思ったのか?「龍神村の難陀竜王(なんだりゅうおう)のところに行ってください。」と(゚゚)。ここで、次の行き先が決まってしまいました。全く、予定地に入ってなかった方向に導かれることになり、そのまま龍神村に向かうことに。でも、立里荒神から結構遠いんですよ。でも、これもお導きだからということで、流れに任せることに。龍神温泉の近くにご鎮座される難陀龍王様のところに夕方到着、参拝。龍神温泉は清流・日高川の渓谷沿いにある山峡の温泉で日本三美人の湯のひとつ。島根の湯ノ川や群馬の川中と並び名湯として知られているそうです。開湯は約1300年前、龍神の地名は空海が難陀龍王(なんだりゅうおう)のお告げによって浴場を開いたことによるそうです。行ってみれば、やっぱり空海の御縁でした。せっかくなので、空海が開いたという温泉に入ってきました。とってもいい湯でしたよ~(^^)

そんな流れで過ごした1日。はてさて?次はどこに?龍神村まで来たからには、次は熊野本宮大社です。夜のうちに移動し、その夜は熊野本宮大社の近くで車中泊。次の日は、熊野本宮大社⇒玉置神社⇒天川大弁財天⇒金峯山寺蔵王堂⇒金峯神社⇒水分神社⇒如意輪寺(後醍醐天皇陵)という流れで。そういえば、如意輪寺で嬉しいいサプライズがありました。吉野山に行くと、いつも会える女性がいるのですが、この方、場所もバラバラ、約束しなくても絶対に会えるという不思議な女性なのです。この日は、スケジュールいっぱいいっぱいで動いていて「今日は、会えなかったな~」なんて思いながら、最後の地である如意輪寺を訪れ、全てが終了したので、帰ろうとしていたのです。すると、薄暗い中、向こうから人が来る。こんな時間に参拝客はいないだろうから、お寺さんかな?
って思ってました。すれ違う時に挨拶をしようとしたら、なんと!なんと!その女性ではありませんか(◎_◎)お互いに驚き、なんで、こんな時間にこんなところに居るの!?家から遠いのに(その方の家と如意輪寺は遠く離れているのです)どうして!?って感じでした。その女性、たまたまこの日来たくて、たまたまこの時間に来たそうなのです。やっぱり、約束しなくても時間も決めなくても会えるのです。不思議としかいいようがない。吉野山広いんですけどね~。強烈にお互い引き寄せられるので、毎回驚いているのです。

15日に始まった体の痛み、16日も続き、丸二日間痛みに耐えながらの参拝。立っていられなくなり、何度も何度も座り込み、途中何度も断念して家に帰ろうかと思った苦しく厳しい旅でした。しかし、行けてよかったです(^^)終わってみると、今回は三つの『野』を繋ぐ祈りになってました。『高野』『熊野』『吉野』この三つの『野』。『みや=三野=宮』です。いい祈りの旅ができて本当によかったです(^^)

体の痛みがどこから来ていたのか?何からの訴えだったのか?は次の日記に記します。


毎日眺めている曼荼羅(胎蔵界)です。400体近い仏様が描かれていますが、お線香を焚きながら一体一体の名前を心の中で言いながら、その仏様の働きを感じたりしながら過ごす時間が好きです(^^)宇宙の全てが描かれている曼荼羅。心がとっても安らぎます。
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金剛界曼荼羅
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高野山の続き(清瀧権現社) その1 

Posted on  2013/04/27 Sat. 12:32   
立っていても痛い、しゃがみこもうとしても、姿勢が変わることでまた強烈な痛みが走る。痛みの原因がはっきりわかりましたので、高野山から帰宅して5日後ではありましたが、また高野山へ行くことになりました。「は???また行くの!?(・・)」と言う母に説明。(留守にする間は母が子供達を見ていてくれるので、母の理解がないと出かけられないのです)一刻も早く行って、なんとかしたい!という思いでした。体を突き抜けるような痛みは、清瀧権現の龍神様の叫びであり、痛みでした。高野山の敷地内には、諸仏との御縁をいただける根本大塔・金堂・不動堂・三昧堂・東堂・大会堂・愛染堂・六角経蔵・丹生明神さまや狩場明神さまをお祀りする御社・山王院・西塔・孔雀堂・准胝堂などがあります。見えにくいところではありますが、敷地の端の方には、善女龍王さまをお祀りした御社と大きな池もあります。そして、一番見えにくい目立たない場所にひっそりと清瀧権現社があります。この権現社なのですが、社務所でいただけるパンフレットにはしっかりと載っているのですが、目立たない場所にあるため、参拝客はほとんどなし、忘れ去られた状態なのです。もちろん、中には、参拝される方もいるとは思うのですが、他のヶ所と比べると雲泥の差。私は、毎回参拝させていただくのですが、実際そこにいると、重くて明るい感じがなくて、悲しくなってしまいます。先日も、龍神様の悲しみが伝わってきて・・・祈り終わって帰ろうとしたのですが、気になってまた引き返したのです。その後です。体がおかしくなったのは。龍神様の痛みが体を突きぬけて、歩くのが困難になりました。痛かったです。苦しかったです。龍神様の状態になったので、龍神様の気持ちよくわかりました。こんな状態で毎日いるのは、さぞ辛かろう、なんとかしたいと思いました。空海も同じ気持ちでした。清瀧権現社での龍神様の状態を伝えるべく、そして、現在高野山ではどのようにここを守っていらっしゃるのか?どのくらいの頻度でお祈りをしていらっしゃるのか?を聞きに行くことにしたのです。

当日、高野山に行く前に、石上神宮と三輪山で御神水をいただきお祈りすることに。高野山の龍神様に力を貸していただけるようにお願いしました。その後、慈尊院へ。ここでも、弥勒菩薩様にお願いしました。そして、その後、丹生川上神社(上・下)に行こうと思ったのですが・・・あちゃ~~~~って感じ。丹生川上神社は和歌山県で、高野山の近くだったと完全に勘違いしていました。奈良県でした~~(-_-;)高野山の麓まで来てしまった~~奈良県にさっきまで居たのに~~~ガ~~~ンでした。和歌山県まで来てしまったので、往復約4時間。でも、「今日は、絶対に妥協できない。水の神々のお力が絶対に必要!」まぁ いいっかぁ~と、妥協は許されません。4時間かかっても行きたい!ということで、奈良県へまた逆戻り~~=*^-^*=気を取り直して、ドライブ楽しもう~~♪♪♪ってことに。あはは~毎回、ハップニングですね(笑)今回は、闇龗神(くらおかみのかみ)罔象女神(みずはのめかみ)のお力をどうしてもお借りしたかったのです。行けてよかったです。御神水もたくさんいただき、準備完了、高野山へGO! でした(o^-^o)

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カテゴリ: 高野山 清瀧権現社

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高野山の続き(清瀧権現社) その2 

Posted on  2013/04/28 Sun. 09:36   
奈良県⇒和歌山県⇒奈良県⇒和歌山県と行ったり来たりしていて、ちょっと遅くなってしまったのですが、無事に高野山に到着\(^▽^)/今回は、龍神様のために来たので、清瀧権現社に直行。あちこちからいただいてきた御神水約30リットルを車からよいしょよいしょと運び、池の中に入れました(お坊様には許可を得ています)ロウソクに火を灯し御神酒をお供えしお祈りしました。当然ですが、池に御神水を入れることや祈りは応急処置にはなりますが、根本解決にはなりません。龍神様がこのような状態になったのには、なんらかの原因があるはずなのです。どんな現象でも、それが起きるには原因と条件がなければ起こりません。因があって、条件(縁)があって、果(結果)が生じます。たとえば、雪。雪になるには、水の存在が必要です。そこに温度という条件が加わって雪となります。「水が因」で「温度が条件」で「雪が果(結果)」です。龍神様も同じです。こうなるには、因と条件があったはず。応急処置をするのも意味はありますが、それは一時のもの。除霊も同じことですよね。浮かばれてない魂が人にのっかった時に、それを除霊して外すことはできますが、それは根本解決ではないです。一旦外しても、天に上がれない御霊はそのあたりをまたうろつくだけだし、外れて喜んでいる人も精神的に学びを得なければまた同じことになります。どうして天に上がれないのか?どうして御霊がのっかってくるのか?の学びを得なければ除霊などやっても仕方ないです。生きた人も亡くなった人も縁ある者どうし学び合い、愛で包み癒し、両方が助かるようにしたいです。全ての人が悟る仕組みを授けられているので、自分で悟り、天に上がろうとするべきです。ヒーラーも同じですよね。痛みを取り去るだけの治療というのは、その人の学びのチャンスを取ってしまっていると思います。なぜ、その痛みが出ているのか?何が原因なのか?のアドバイスができてこそ(できるだけ)、プロだと言えると思います。確かに、痛みを取ってあげれば、体が楽になり、心に余裕も生まれ、人生を楽しく生きられるので、人助けをしているとは言えるのですが、・・・それでも、やはり、全てのことから学べるようにしたいですよね(^^)
ということで・・・龍神様の状態と訴えてることを伝えること、今現在、高野山の清瀧権現社でどのような祈りの仕方をしていらっしゃるのか? どのくらいの頻度で祈っていらっしゃるのか? どのように守っていらっしゃるのか?などについてお聞きするためにお坊様のところへ。お坊様の話は、以下でした。

約7年程前に、ある方が、「高野山のものなので、高野山にお返しします」言って、御神体を返しに来たそうなのです。高野山としては、元々、唐の青龍寺(空海が恵果上人から密教を伝えられたお寺です)から、空海が勧請した龍神様だということを承知しているので、そのまま引き取ることに。そして、池の所に小さな御社を建てたそうです。預かりはしたのですが7年間祈ることはなく、信者さん?(御神体を持ってきた方)に全てお任せ状態。高野山としてはなんらしなかったそうです。しかし、昨年から1年に1回だけお祭りをして祈ることになったそうす。原因がわかりました。あまり見えないところにあるこの清瀧権現社、観光客はほとんど参拝しないし、高野山としても気にかけていなかった・・・。神も仏も人間も皆同じです。気にかけてもらえなく、大事にしてもらえなければ、弱ってしまい光も弱くなります。龍神様、力発揮できず弱っていました。玉置神社発行の「神代之風」(平成25年4月1発行 春号)にも載っていましたが、『神は人の敬によりて威を増す』です。身近なもの(者・物)を大切に愛を注ぎ続ければ、この世は光が増します。龍神様に謝罪しました。日本・日本の人々を守って欲しいと、空海から願われたから日本にいらっしゃったのです。そして1200年という長い間、日本を守り続けてきてくださったのです。私たちは、神に敬意をはらい、感謝し、大事にしていかなければなりません。高野山も、預かったからには、責任持って守っていかなければなりません。

お坊様、全くの部外者の意見とお願いだったのですが、真摯に向き合ってくださり心で受け止め理解して下さいました。大切に守っていきますと約束して下さったのです。感謝。お坊様にお話した後、今度はあちこちの仏様の力を借りるため、あちこちで祈り、再度池で祈ってました。すると・・・バケツ・たわし・ほうきを持ったお坊様二人がいらっしゃって御社の大掃除が始まったのです(◎_◎)水で御社をゴシゴシ磨ききれいにして下さったのです。その後、心を込めて丁寧にお経を唱えて下さったのです。再度、感謝。凄いです! 素敵です 高野山のお坊様!本当に心温かい素敵な方たちでした。素敵なお坊様たちが守っていって下さいますので、龍神様も光を増し力を発揮して下さることでしょう。

1200年程前、唐の青龍寺から高野山にいらした龍神様。なんらかの事情があり?どこかのお宅で預かられるという流れにあったのですが、預かってた方とお話できるように、高野山のお坊様が繋いで下さるそうなので、その方とお話できるかもです(^^)


あっ 善女龍王社と清瀧権現社に祀られている龍神様は、似てるけど違います。同じであると捉えている方もいらっしゃるようですが、違う存在。高野山でも「違うので御社も違うし、お祭りも別でやりました」と仰ってました。

高野山に行かれたら、清瀧権現社でも祈っていただけたら嬉しいです(^^)

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