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むすひ

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昔の人達は全ての存在が『むすひ(霊産)』の力で産みだされると考えていました。「むすひ」で産み出された私たちがひとつに繋がり素晴らしい地球にしていくことができたらいいですね

 

兵庫県と徳島県へ 

Posted on  2013/05/31 Fri. 08:59   
ブログ書けず1週間たってしまいました(゚゚;)神事であちこち走りまわり忙しいのもありますが、ちゃんとお茶する時間も作っていろいろな人と交流もしています。御縁ある方々との時間は、私にとってとても貴重なもの。これからも、できるだけ時間作りたいと思っていますのでよろしくお願いします(^^)

さて、今回の祈りの旅は、兵庫県と徳島県でした。まさか、まさかの四国88ヶ所参りです(◎_◎) 一生やる気なかったし、やる必要性も感じてなかったし、興味もなかったし、修行したいわけでもなかったし・・・それが、行かなければならない! 行く必要絶対有り!に完全にひっくり返ってしまったのです。2013年になって、「今年は、お寺にかなり行くことになるな・・・」と感じてはいたのですが、それでも、88ヶ所参りは行くつもりもなかったのです。なぜこんなにひっくり返ってしまったのか? 理由は簡単。やるべき事を知らされてしまったからです(゚゚;)遠い遠い神代の時代からの神の計画の一部がわかってしまったから。空海があの時代に88ヶ所を置き仏教を広め、この時代になぜ降臨しなければならなかったのか!?そして、何をしなければならないのか!? 彼は、1200年前にこれがわかっていたようですね。
ということで、時間を作って行ってきました。淡路島からも呼ばれていたので、徳島県に入る前に、伊弉諾神宮・おのころ島神社・諭鶴羽神社に行かせていただきました。伊弉諾神宮は、四国に入るたびに毎回行かせていただいているので、もう何回となく行ってます。とってもいい感じの神宮です。今回淡路島では、伊弉諾神宮のみに寄る予定だったのですが、他のどこかから呼ばれている感覚があり、でも、それがどこなのかわからない。どこ?どこ?って感じでした。前日になって、おのころ島神社だということがわかりました。初めての神社です。そして・・・階段登り本殿前にたどり着いたその瞬間、ものすごいエネルギーに包まれ、涙溢れいきなり号泣。その時のエネルギーを言葉で説明するのは難しいのですが・・・待っていてくださったという嬉しいエネルギー・日本列島の危機を憂えている悲しいエネルギー・やっと生まれ故郷に還ってこれたような懐かしい感覚・苦しい感覚・いろいろなエネルギーがごちゃ混ぜで涙がこみ上げてしまいました。御祭神は伊弉諾尊さま・伊弉冉尊さま、菊理媛命さまも配祀されています。私は、伊弉諾尊さま(陽)と伊弉冉尊さま(陰)が合体したエネルギーが菊理媛命さまと感じているのですが、別じゃなく重なって感じるのです。しばらくヒクヒクし涙止まり、落ち着いてからお祈りをしたのですが、お祈りを始めたら、また涙溢れてきて涙ポロポロ、ヒックヒックしながら祈りました。この神社から離れたくなくて結局1時間近く居ました。まだまだ居たかったのですが、次があるので後ろ髪を引かれながら立ち去りました。これからは淡路島行くたびに寄らせていただくことになるでしょう。諭鶴羽神社は、淡路島最高峰である諭鶴羽山にあり、中央構造線のほぼ真上に位置しています。必要性あって行かせていただきました。


伊弉諾神宮の大楠の横に、社団法人 兵庫県造園建設業協会からのメッセージがありましたので、ここに載せたいと思います。

『緑の恵みに感謝の心   大自然の営みの中で多くの生命が誕生して、それぞれの命が、育まれてきました。大地の豊かな恵みをうけて、美しい樹木が育ち、みどり豊かな環境が生まれ、多くの生命が養われています。四季折々の花々が咲き乱れ、鮮やかな緑に囲まれた素晴らしい自然の中で、私たちの祖先たちは英知をつくして、素晴らしい文化や伝統を培ってきました。優しい心、穏やかな心は大自然を大切にして生活してきた日本人の智慧と感謝の気持ちから生まれました。美しい自然環境を守り、樹木や草花を愛でる豊かな心を養い、すべてのものに感謝の心を表す共生の輪を広げましょう。』

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おのころ島神社の大鳥居
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おのころ島神社
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諭鶴羽神社
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88ヶ所参りについては、次の日記にちょっとだけ記したいと思います。
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カテゴリ: 淡路島&沼島&おのころ島&88ヶ所参り

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八十八ヶ所参り 

Posted on  2013/05/31 Fri. 11:36   
まさか まさかの四国88ヶ所参り、昨年までは思いもしなかったことです。人生本当にどうなるか分かりませんね~。100%やらないと思っていたことでも、こうもひっくり返るのですから。皆さんいろいろな想いあってやられるのでしょうが、私の場合は、修業がやりたくて行くわけではないので、歩いていくつもりは全くなし(笑)時間もないことだし、次から次へとやること山積みなので、もちろん、車です(o^-^o)どんな風に皆さん回ってみえるのかしら?って思っていたのですが、たくさんの方が南無大師遍照金剛と書かれた金剛杖を持ち(弘法大師の分身として護持)・菅笠をかぶり・ほとんどの方が南無大師遍照金剛と書かれた清浄な白衣を着てました。納経所に立ち寄って「納経」するのが普通のようです。(「納経」とは、「経」を「納める」ということで、お参りしたときに写経を納めて、その「受け取り証」として納経帳や持参の白衣、掛け軸などに朱印を頂くことをいうわけですが、現在では、写経を納める代わりに納札を納める方が多いようです。)たくさんの方々が納経帳を持っていて「奉納」の文字、本尊を表す梵字と本尊の名前、そして寺院の名前を墨書してもらい、札所の番号などの朱印を押してもらうようです掛け軸に描いてもらってる人もいっぱいいました。空海と巡拝結願できた記録として残しておくのもいいものですよね(^^)私は?というと、白衣も着てないし、菅笠もなし、金剛杖もなし、納札もなし、納経帳もなし、納経軸もなし・・・持ってるのは数珠のみで。納経帳に刻む代わりに魂にしっかり刻んできました。空海と共に行っているので、一ヶ所一ヶ所に思い入れがあるようで、なかなか進まない(-_-;)一ヶ寺に1時間~1時間半かかりました。それでも時間足りず、本当は、一ヶ寺に半日~1日はかけたいって感じでした。空海の昔の想いが突き上げてくる感じで、悲しくなったり、嬉しくなったり、苦しくなったり・・・で。魂が入る前に「・・・体に入るとそなたの心と我の心は繋がる。我の今までの思いに決して同調せず、空海は、こんな思いを持ち生き続け苦しみも悲しみも持っていたんだと思い感じるだけでよい。そなたの人生の邪魔をしたいわけではない。そなたと共にただ喜び 楽しみ 笑い 生きる・・・」同調するなと言われてもなかなか難しいですね~。やっぱり、感情伝わってくると涙ウルウル泣いちゃいます。ということで、人よりはるかにスローペースで回ってきました。阿波の国第一番札所からスタートして、3日かけてもまだ第二十一番札所にまでしか行けてません。行ったところ全てそれぞれ感じること有りでしたが、全部書くのも大変なので印象に残ったことろについてちょっとだけ書いてみたいと思います。全体の感想は、草・花・苔・葉っぱ・木々・虫たち・土・風・空・田んぼ・山・小川・池の鯉・・・を堪能した!って感じ。もちろん、ご本尊様ともしっかり向き合ってお祈りしてきたのですが、お寺の建物やご本尊さまだけじゃなく、お寺にある全てに仏さまを感じて、ただただ感動しきり。たくさんの方々にすれ違ったのですが、ほとんどの方は、自然をゆっくり感じることをあまりしていないようで、立ち止まり草花を見ている人もいませんでした。ツアーとかだと、確かに時間に追われてゆっくり自然観察している暇もないのでしょうね。

3日間回った中で一番インパクトあったのは、お寺ではなく「星の岩屋」と「仏陀石のあるところから、もっと下に下ったところにある巨岩」です。第17番井戸寺に居る時「ホシノイワヤに行きなさい」と突然告げられ、「え!? なんですか、それ!?」いつものことですが、何も調べず「四国遍路」という本を持って回っているだけで、一ヶ所行って、そこが終わると次の場所をナビに入れるだけでしたので「ホシノイワヤ」と急に言れても、ピンとこないのです。私の持っている本を調べるのですが、載ってない。もしかしたら、ナビに入ってるかも・・・と思い、入れてみたら、出てきたのです\(^▽^)/ということは、名所なのですよね?ということで、そこに何があるのかもわからず行くことになりました。私が、次の次に行く予定にしていた近くでした。いったいどんなところなのかワクワク♪
で、行ってみたら・・・かなりの山奥。車一台しか通れないような、観光バスでは無理ですね。一応、小さな案内板とか立っているので、やはり名所のようです。途中倒木もあり通れず、雨の中撤去作業|||(-_-;)こんな大きな木、動かせるの!?って感じでしたが、一本一本撤去していき、最後は大きな木を引きずって端っこへ。ふ~~って感じもつかの間。次は、落石撤去作業。いったい、どんなところに行くのよ!?でした。ってな感じで、星の岩屋に到着~~~\(^▽^)/すごっ! 大きな滝と大きな岩。洞窟みたいになってて、中にはたくさんのお社などありいっぱい祀られてました。空海の修業地でした。洞窟は頭上にパタパタとこうもりが飛んでいて、キャ~~~~です。食いつかないでね~~(*゚0゚)って。滝に癒され、苔に癒され、木々に癒され、思い出の地を堪能。そして、星の岩屋から1400メートル奥に行くと、仏陀石があります。ここも空海に縁深い地でした。

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仏陀石から、山道をさらに下っていくと、とんでもなく大きな巨岩が(*゚0゚)!!あまりの凄さに呆然と立ち尽くしてしまいました。空海はこんなところで修業していたのね!?昔は、道もなかったでしょうに、こんな山奥深くにどうやって入ってきたの!?って感じです。山に入り込んで約2時間を楽しみました。あっ、車を傷つけたくないのなら、歩いていったほうがいいかも。道は狭いし、草や木が茂っていて垂れ下がり道をふさいでいるところもあるので、傷つきます。それと、女性はひとりでは恐いかもです。あと、多分まむしもいますので、その覚悟で。
雨が降っていたので、最高でした!私は、雨の中の山も大好き。草木が生き生きとしていて、パワーが違うのです。そのパワーを感じるのが好きで。でも、雨が降ってる山は危険なのであまりお勧めもできないのですが・・・岩とかはツルンツルン滑るし。もし、雨の中行くのなら、気をつけていってくださいね。まっ 雨の中喜んで山登りする人はあまりいないかと思いますが(笑)

第十二番 焼山寺もよかったですね。奥の院である頂上には蔵王権現さまがお祀りされてます。まさか山登りすると思わなかったので、マウンテンブーツは履いてなくて。ところが、奥の院に行ったほうがいいと感じ、あわてて車に戻り、履き替えてきました。ここ、駐車場までが遠いのですよね(-_-;)仕方ない・・・また、この長い参道を歩くのか!?ガクンって。頂上まで往復1時間半と言われましたが、往復50分で行ってこれました。途中、磐座がすごかったです。かなりパワフルな山ですね。焼山寺のご本尊様は虚空蔵菩薩様です。

第二十番 鶴林寺・・・苔がすごく美しい。苔に癒された~(^^)

第二十一番 太龍寺。ここも、いい感じのお寺です。庭がきれいだし、手入れが行き届いているし、とっても力強い。夕方だったので、あまりゆっくりできず時間全く足りなかったです。数時間は居たかったですね。もう一度行きたいです。太龍寺に行くとき、なぜかなかなか辿り着けず、ナビは変な案内して、行き止りになっちゃうし・・・あっち行ったりこっち行ったりしてたのです。わからないものだから、車を停めて地図を見ていたのです。すると、ひとりのおじいちゃんが車から降りてきて、どうしたの?と。事情を説明すると、丁寧に教えてくださり、感謝、感謝で別れました。そして、言われた通りにまた車を走らせたのです。ところが、なぜかまたストップ。道わからずで、また地図を。すると、なぜかまたさっきのおじいちゃんが現れて、ビックリ(◎_◎)あれから5キロも走ってきたのに、後ろをついてきたの~~~!?って。すると、おじいちゃん「私についておいで、案内してあげるから・・・」と。「え~~!?まだ15キロもありますよ。いいんですか~!?」「いいよ、いいよ(^^)」とニコニコ。ということで、おじいちゃんが先導ということになりました。しかし、かなり細い道をどんどん、登っていく。本当にこんなところにお寺があるの!?とちょっと不安に。ずいぶん走って、着いたところは一応、お寺へのルートではありましたが「ここから1200メートル歩いて登る」という地点。「ドヒャ~~~~~ン また歩くの!?うっそ~~もう4時だよ。」なんかケーブルカーでも行けたようなのですが、私が、車で行ってあとは歩くわ・・・といったから、歩くルートを紹介してくれたのです。確かに歩くルートです。でも、まさか往復2400メートルも歩くルートとは知りませんでした(゚゚;)わざわざ山の中まで案内してくれた優しいおじいちゃん、感謝と握手でお別れしました。おじいちゃん、真言宗で空海の信者さんでした。これも、空海の御縁ですよね。

第十四番 常楽寺。弥勒菩薩様をご本尊として祀っているのは、四国霊場でここのみです。私にとってはとってもスペシャル。弥勒菩薩様にだけは、祈りの内容もちょっと違います(^^)
 
とにかく、第一番~第21番まで、それぞれぜ~~んぶ、よかったです(^^)行かせていただいたことに感謝しています。お寺の写真一枚も撮らなくて、葉っぱや木やお花や苔しか撮らなかったので、葉っぱの写真載せますね。とっても美しいです
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カテゴリ: 淡路島&沼島&おのころ島&88ヶ所参り

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沼島(ぬしま) 

Posted on  2013/07/05 Fri. 10:13   
6月30日 京都茶話会。いろいろな職業で皆違った立場、いろいろな考えに触れることができ、お互いに学び合い光を引き出し合い、とても有意義で楽しい会となりました。今回は、高校生も数人参加してたので、若い人たちの考えにも触れることもできとても良かったと思います。素敵な方ばかり集まっており私もたくさんの光と元気をいただきました。集まって下さった方々に心から感謝しています。ありがとうございました(^^)

茶話会終わり、神戸から参加された方を車に乗せて自宅まで送り、その後神戸の温泉へ(^^)温泉って本当にいいですね。体も心も魂もしっかりと癒されます。自然の恵みに感謝の気持ちが溢れ、湯の中でいつも祈りたくなるのです。たったの300円とか400円で入れる温泉が日本中のあちこちにあります。こんな、パーフェクトなものがこの世にあるなんて・・・日本は本当にいい国です(^^)その後、淡路島に向かい淡路島のサービスエリアで車中泊(^^)真夜中以下のようなメッセージいただきました。




我は、菊理姫(くくりひめ)と申します

沼島、よくわかりましたね

○○から、沼島の名前を聞き、何か心に響くものがあったことでしょう

その思いが沼島に来るのに必要だったのです

○○から、おのころ島と聞いた時も、心の奥に響くものがあったことでしょう

その響く思いが大切なのです

己の心の内は、己しかわかりません

おのころ島も、沼島も、現地に行くと、きっと魂の奥が震えることでしょう

我は、おのころ島神社におりますが

沼島 ー おのころ島 にもいるのです

我にとっては、同じ思いなのです

この沼島は、大切な地と繋がる所です

きっと、そなたもわかるはずです

繋がりがあるということは、強い力にもなるのです

どうか、そなたが必要と思う地と繋いでみてください

おのころ島 ー 沼島 で待っています

そして、トランブレーみゆきよ

我との繋がりも、きっと魂がわかるはずです

そなたは、くくる役目があるのです

わかっていたらと思うかも知れません

でも、今なのです

これから、そなたのくくる力が必要となるのです

余計な事は言いません

余計な考えもいりません

ただただ、魂で感じてみてください

それが、答えですよ

そなたを大切に思っています


菊理姫より


菊理姫様との繋がり・・・前回、淡路島のおのころ島神社に行った時にどういう繋がりかを魂で強く感じたのですが、その時点では半信半疑。しかし、今回のメッセージで、自分の魂が感じていることで間違いない!と確認できました。そして、朝方夢を見させられました。人間が地球に生まれてきて、役目もスッカリ忘れてしまい、人間がどのような存在なのかも忘れてしまってる、それを悲しんでる親(神々)の気持ちを味わいました。私は、神様の側になってて、子どもを(人間)見て泣いてました。あまりに悲しく衝撃がひどく、ハッとして起きたのですが、実際に涙がいっぱい出てました。神様がどんな気持ちで地球の人々を見ているのか、どう感じているのかハッキリと感じ取れた衝撃的な夢として魂に刻まれてます。

早朝、土生港に近づき沼島が目に入った途端、涙が溢れてきてしまいました。まだ現地にたどり着いていなくて遠いところから見ただけなのですが、魂に響くには十分で。数日前まで、存在さえ知らなかった沼島。神様から教えていただいて、そこが国生みのはじめの地であることを教えていただきました。そして、そこが自分の原点であることも。だから、故郷に還る心境で島に渡りました。島内一周は約7.9キロ。そんなにハードな道はなかったし休憩しながらでもだいたい4時間あれば一周できます。おのころ神社にたどり着いた時、魂に響きまたまた泣いてしまいました。ここのご祭神はイザナギ様とイザナミ様なのですが、菊理姫様も待っていてくださいました。菊理姫様は淡路島で祀られていますが、淡路島と沼島全体を大きく守っていらっしゃるようです。約1時間、お社の前で神々としっかり向き合ってきました。島を一周する間、天の御柱であるとも龍宮の華表(城郭の門の意)であるとも伝えられている海上にそそり立つ上立神岩があるのですが、波が打ち寄せる様子はとても迫力あり見事でした。たまたまガイドさんに出逢ったのですが、お客様が下の海岸の方に行ってしまったので、私の方に寄ってきて島のガイドをしてくださったのです。ありがたかったです。そのガイド様は、ご奉仕でおのころ神社をいつもお掃除しているとのことでした。このような素晴らしい方あっておのころ神社や沼島は守られているのだな・・・と感謝溢れてきて、何度も何度もお礼を伝えさせていただきました(^^)素敵な方にお会いできて本当によかったです。
島を一周し、港に帰ってきたのですが、お花の写真を撮ったり、あっちみたりこっちみたりゆ~~っく歩いていました。すると、目の前におじいちゃんとおじさん5人程が座ってお喋りしていたところを通りがかることに。おじいちゃんが、話しかけてきたのでご挨拶。いろいろ話すうちに『ここに座りなさい。』と皆ニコニコ(^^)なんだか皆懐っこい方たちばかりで、私もやけに懐っこくすぐによその輪に加わってしまうタイプ。で、地元の輪に加わってどっかり座ってしまいお喋りスタート。話していると、通りかかる人が皆立ち止まって話しかけてくる。自転車に乗った若い方も、おばちゃんも、シャベルカーに乗ったおじちゃんも、軽トラにに乗ったおじさんも・・・皆です。島の方は誰でも気軽に声をかけあい、お喋りをして交流する。立ち止まった方に『地元の方かと思った』と間違われ笑われてしまう程、おじさん仲間に馴染んでいました。観光客はあまりそんなところに混じって話しをしないようで(笑)階段のようになっているところに、ポールを立て、その上にダンボールを何枚も乗せ日陰にしてある、小屋でもなくただの集まり場って感じのところです。おじいちゃん&おじさんたちの仲間に加わって喋ってたら、ひとりのおじさんが『船今出ちゃったけど、いいのか?次の船は2時間後だぞ』『え!? マジで!?(*゚0゚)!!』船の時刻表は調べていたのですが、気持ちがゆったりしていて、時間のことなど全く頭になかったのです。あちゃ~です(*゚0゚)『船行っちゃったね~2時間も待つのか~まぁいっか~。おじちゃんたちとここでお話することにするわ。』ということで、地元民にどっぷりの時間を2時間過ごすことに。お陰で、沼島のこと沼島の人々のことよくわかりました。その地を知るには、やはり現地の人と交流するのが一番! 沼島は勾玉の形をしていると言われていますが、その形が見えるベストスポットも教えていただき、見ることができました。沼島も沼島の人々もとっても素敵な人ばかり。本当にいい祈りの旅となり感謝の想いで沼島を離れました。またいつか行かせていただきたいです。

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岩屋神社&石屋(いわや)神社 

Posted on  2013/07/08 Mon. 12:16   
旅の続きです。

沼島と淡路島での祈り終わって、次は和歌山県へ向かう予定だったのですが・・・反対方向に引っ張られてしまい、行くことができない(-_-;)どうして? こうなるとナビは全く役にたたなくなります。ナビを設定していようが、していなかろうが、引き寄せられる方向にしか進めなくなるのです。どんなに曲がって、和歌山県の方に行こうとしても無理。その流れは、淡路島から明石海峡大橋を渡る前から始まっていたのですが、その時は全く気づきませんでした。明石市のどこかから呼ばれているのは、間違いなくハッキリわかるのですが、ピンポイントで場所がわからない。時間は既に夕方の7時ぐらいなのに、明石市で途方に暮れていました。感じようと、意識を拡大。仲間にも助けてもらい、二人で話したり調べたり何度もメールやり取りし、最終的にピンポイントで場所がわかりました。あれから時間は5時間ほどたっており、真夜中。どっと疲れが押し寄せてきて、その日は、明石市のどこか?(どこだったのかよくわかりません)裏通りの静かな道端で車中泊。次の朝、体、いたたた(・・)って感じで目覚めました。車の中にお布団敷いて寝てるのですが、シート倒してもやっぱりまっすぐ平らではないので、いつも朝、体が痛いのです。お家の畳の上で寝ることができることがいかにありがたいことかって毎回身にしみます。体は痛いけど、山の中で見る星空や月は最高で、これ以上の贅沢はないとも感じています。こんなに美しいものに囲まれ守られ生きることができるなんて本当に幸せですよね(^^)

前日の夜「イワヤ イワヤ 富士山 明石 カミデ 神出・・・」こんな言葉がキーワードとして来てたのですが、さっぱりわからない(-_-;)「イワヤ」と言われても、それがどこにあるのかもわからないし、明石市と富士山がなんの関係があるのかわからない。毎回なのですが、神様は全部は教えてくださらない。「魂で感じよ!」と言われ、ほかられる(ほかられるのも神々の愛なのです。)感じよ!と言われても、この感度の悪いセンサーでは感じ取ることがなかなかできない(笑)時間はかかったけど、行かなければならない地は『岩屋神社』だと判明で\(^▽^)/早朝 岩屋神社に足を運ぶことになりました。岩屋神社で祈っていると、今度は「たいがん」と来る(◎_◎;) 「は? 対岸? なんで? 冗談でしょ? 淡路島から来たばかりよ。また戻れってこと? マジで? 」どうしたものか、対岸へ行かなければならないと感じる。なんとなく感じるのではなく、ハッキリわかるのです。でも、私の意識がかすかに抵抗しているのです。だって、淡路島から橋を渡ってきたばかりだし、明石海峡大橋渡るの高いのよ。深夜料金とか土日ならまだしも、平日の9時過ぎですよ! 高速道路通るときは、節約のためできるだけ深夜に走ったりする努力をしているのです。宮司様らしき方がお掃除していたので、ちょっと聞いてみることにしました。この神社に関係するところが対岸にあるのかどうかを? 宮司様のお話を聞いて、やっぱり!という感じでした。天皇の勅命で淡路島岩屋から御遷りになられてこの神社ができたということでした。そして、その元の神社が対岸にあるということでした。それを聞いた瞬間淡路島に戻ることほぼ決定!(ちょっと葛藤はありました。神社の後、もう4ヶ所行かなければならない地があったからです。時間が足りなくなりそうで)再度、神と向き合い確認して完全決定!明石海峡大橋が好きなのですが、こんなにすぐに行ったり来たりしているのもなんですよね~(笑)でも、結局また淡路島へ逆戻り。あっ、その前に舞子六神社も行かせていただきました。
明石市の岩屋神社の元地は淡路島の石屋(いわや)神社でした。岩屋神社では、宮司様と1時間近く話すことになりました。日本のこと、人々のこと、地域のことを真剣に考えながら、神々と共にその地を守ってくださってる、素晴らしい方でした。石屋神社の元地である山は『三対山』だそうで、約500年程前城を築くときに里の方に神社を降ろしてきてしまったそうです。その後、元に戻したいという動きはあったものの諸事情有り実現せず今となっているそうです。宮司様から、できない事情やお気持ちや神々はどのようにこれを感じていらっしゃるのかなど詳しいことを伺いましたが、ブログにはちょっと書けないことなので申し訳ありません。私も三対山を見て、感じたことをお話したのですが、宮司様も同じように感じていらっしゃることが確認できました。三対山の『三』というのは、本来、大阪湾・紀州・播磨灘と見渡せる地で、その三ヶ所を守れる場所だということです。意味あって、その場所に神々が降りられ、大きな範囲を守ってくださってました。三対山から降ろされて位置が変わってしまったのは、本当に残念です。

そういえば・・・石屋神社の近くに行った時、ちょっとびっくり(*゚0゚)石屋神社は、明石海峡大橋のはるか下の方にあるのですが、前日の夕方、私はその地に既に行かされていました。和歌山県に向かおうとして明石海峡大橋を渡ろうとするのですが、どうしても渡らせてもらえないのです。神戸の方に行くには、橋を渡らないと行くことができないのに、渡れないのです。橋を渡る代わりに、橋の下に行かされてしまうのです。仕方ないので、諦めモードで明石大橋を下から眺めながら「かみさま~~~どうして橋渡れないのぉ~~~(・・)橋渡らせてぇ~~~」とブツブツ。で、仕方なく休憩することにして(こんなとこで、休んでる暇なんてないだよ~~~~!!と心の中は叫んでた)ミクシイ日記を携帯から発信していたのです(笑)その場所こそ、三対山の目の前。途中気になる神社があるな~と思いながら、通り過ぎたのですが(それが石屋神社です)その直感を無視してしまいました。無視すると、こういうことになるのですよね(|||_|||)神様は最初から導いてくださってるのに、感知力が鈍いばかりに・・・本当にまだまだ未熟な自分を感じます。最初からパッと感じて、事をその場で読み取りもっとスムーズにできればいいのに・・・って思いますね。毎度のことあっち行ったりこっち行ったりウロウロしながら、アホな動きをしている私を見て神々は笑いながら見ているのかな?と思うと苦笑ですね。
その後、雄岡山と雌岡山にも登らせていただきお寺にも(こちらは、富士山との繋がりで)メッセージと一致、「神出」という地域にあり、明石富士と呼ばれていました。夕方ギリギリでしたが、和歌山県の加太春日神社にも行くことができホッとしました。加太春日神社は、菊理姫神さまから和歌山県と淡路島を繋いで!というようなメッセージがあったので行かせていただきました。こちらの方も、どこの地なのかはやはり教えてくださらなかったので、わかるまでに苦労しました。魂で感じてください!としか仰られない。どこをどう繋いだらいいのか、最初はさっぱりでした。仲間とやりとりしたり、感じたり、考えたりするのが、とても大きな意味を持つようで・・・その苦労して出した答えのときには、意識はしっかりとその地に繋がっている。それが大事だそうです。確かに、その通りだと思います。感じる力をもっと上げることができるように精進したいと思います。

なんでそんなに日本中を駆け回っているの?と思う方がいっぱいらっしゃると思いますが、私は、神仏はどこにでもいらっしゃると思っています。太陽・月・星・空・海・川・草・花・虫・鳥・風・水・・・この宇宙の全てが神仏だと思っているので、私にとっては、目の前にある全てが神仏です。人間の中にも神仏がいらっしゃるし。しかし、足を運んでその地を感じながらその地で祈ることには大きな意味があると感じています。家で祈ってももちろん、祈りは届きますが、その地に足を運んで祈ることにやはり大きな違いを感じています。しかし、誰もが現地に足を運ばなければならないとは思っていないし、どちらでもいいと思っています。それぞれに合った祈り方をすればいいのではないでしょうか。どれが、正しいということはないでしょうし、どのような祈りも全て尊いものですよね(^^)

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